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末期(まつご)の寿司

 入院中って生ものの持ち込みにうるさいことが多いです。食べた本人の体調はもちろんのこと、ノロウィルスなどのヒトからヒトにうつる感染症の病原体を持ち込む可能性があります。もしそれが院内で流行してしまったら?入院患者さんは具合が悪くて体力の落ちている人が多いので、持ち込みに一定の制約を加えることには一理あります。

 ではたとえば。

 退院はおろか数時間の外出さえもままならない癌末期の患者さんが「正月に寿司食べたい、差し入れして欲しい」と家族に言ったとき、どうしたらいいと思いますか?その人に次の正月はおそらくありません。

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癌末期の患者さんの願いは...。

 これがもし外出の出来る人であれば外出先でご飯を食べることもあると思います。病状によって飲食内容に一定の制限を加えることもあればそうでないこともあります。誰かがついていって監視するわけではないので、生ものを食べることだって当然ありえます。いずれにせよ、院外の行動把握は自己申告によります。

 ではずっと院内にいてスタッフに四六時中見られている人はどうすべきでしょう。さらに入院患者の中には大部屋の人もいれば個室の人もいます。扱いを平等にすべきなのか個別性を強調すべきか。

 こういう場面でのスタッフの考え方は十人十色です。単純に原則論を当てはめて思考停止する人もいれば何らかの解決策を見出そうと頭をひねる人もいます。そして許可の結論を出すにせよそうでないにせよ、たとえ結論が一緒であっても考え方の道筋はけっこう人それぞれです。  

 こんな辺りにその人の性質が透けて見えます。結論がどうかではなく、よく考えるかどうか。自分のなすべきことだけ考えて守備範囲を固めるのではなく、相手の立場にたって考えることができるかどうか。そして広く第三者のことも見渡し総合的に判断することができるかどうか。

 単純に良い・悪いではなく、どういう立場(職種)に向いているかどうかの話でもあります。どんな思考をして結論を導き出すにせよ、考えている限り、そして我ら医療職の扱うものが生身の人間である限り、私たちの仕事はなくならないのだろうと思います。裏を返せば、考えない人の居場所はなくなっていくでしょうね。

この記事を書いたのは

小野江 和之

医師、医学博士。札幌南高校卒、北大医学部卒。1971年生まれ。 札幌白石記念病院勤務。 2004年愛知県の某大学病院へ赴任。医療を取り巻く情勢の変化や様々な体験から一念発起、2007年北大ロースクールへ進学。子連れ学生であったため、修習期間中の資金確保目的で2009年休学して外務省へ入省、中米ホンジュラスへ赴任。2011年帰国を果たすもロースクールを自主退学、2020年6月より現職場。道外からみた北海道、業界外からみた医療業界、海外からみた日本。視点の多様性がいかに重要であるかひしひしと感じます。弁護士さん方とともに、医療と法律にまたがる各種問題解決についても携わっています。