『そうだ、登ろう』 初めての藻岩山① 57歳、さっぽろ単身日記 

そうだ、藻岩山に登ろう。

そう思い立ったのは、たまたま見たテレビ番組がきっかけだった。

某公共放送(HTBじゃなくてすみません)のBSチャンネルでやっている「吉田類のにっぽん百低山」。酒場詩人の吉田類さんが全国の低い山を登るという内容で、この日取り上げられていたのが藻岩山だった。

番組によると、藻岩山は高山植物を含む約600種類の植物と100種類以上の野鳥が生息する原始林。札幌にも仕事場を持っている類さんはこれまで50回以上も登っているという。明治時代、札幌に開拓使が置かれ、街の開発が急激に進んだあおりで藻岩山の森も伐採されそうになった。ところが、研究のために来日していた米国の植物学者が藻岩山の自然の希少さを世界に訴え、大正10年に北海道の天然記念物第一号に指定されたとのこと。

藻岩山といえば恋人たちの夜景スポットというイメージだったので、「へえ~そうなんだ」という感じで画面をながめていた。

類さんが登山道を登り始めると、いろんな世代、格好の人たちとすれ違う。どうもここは札幌市民の憩いの場でもあるらしい。

そこで、ハッと気付いてしまった。

私自身、昨年春に初めて札幌勤務となり、憧れの北海道ライフを満喫するはずだった。ところがコロナのせいで楽しみにしていた様々なイベントや会合が相次いで中止に。職場の仲間に在宅勤務やリモートワークを呼びかけている立場上、道内をやたらと動き回ることもできず、狭いマンションの一室でノートパソコンとにらめっこするような日々が悶々と続いていた。せっかく北海道にいるのに何やっているんだ。ストレスが爆発寸前になっていたところに、類さんと出会ってしまったのだ。

そうだ、藻岩山に登ろう。

藻岩山。それは北海道の開拓の歴史に夢をはせられる場所。アイヌの人たちから「尊い神の山」とあがめられてきたその山は、人口200万の大都市の傍にありながらいまも原始の姿をとどめている奇跡の山だ。エゾリスやクマゲラにも会えるかも知れない。北海道の大自然に触れ、運動不足も改善でき、新鮮な空気を思い切り吸ってストレスも解消できる。屋外の大自然の中だからコロナの心配もほとんどいらない。これは一石二鳥、いや三鳥、四鳥だ。もう、札幌に住みながら藻岩山に登らないなんてあり得ない。

これまでモノトーンだった札幌生活が急にカラフルになった。

とりあえず何をしよう。

まずは「藻岩山 登山」で検索だ。

色々出てきた。

最初の文書を読むと「もいわ山登山コースは『慈啓会病院前コース』『旭山記念公園コース』『スキー場コース』『小林峠コース』『北の沢コース』の5つ」とある。

5つもあるのか。ますます奥深さを感じる。

読み進むと、5つの中でも一番オーソドックスなのが「慈啓会病院前コース」らしい。

もともと明治時代に寺院が山を開いて整備した参道で、西国三十三所観音霊場にあやかって33体の石像が山頂まで導いてくれるという。

番組で吉田類さんが登っていたのもこのコースのようだ。

地図を見る。

なるほど、病院のすぐ近くに登山道の入り口がある。車は持っていないので、最寄り駅は市電の停留所だろうか。ちょっと遠いし、地下鉄から乗り継いでいくのも面倒くさい。JR札幌駅近くの私のマンションからでも車で20分ほどの距離だから、タクシーで行っても3000円くらいかな。

そんな、とてもこれから山に登ろうとしている人間とは思えないような、ずぼらな計画を立ててしまった。

カレンダーを見る。

次の日曜日が、東京五輪関係のイベントが延期となったために空いている。即決だ。

前の夜は、まるで子どもの遠足前夜のような気持ちの高ぶりであまり眠れなかった。

当日の朝、気持ちのいい秋晴れ。初めての藻岩山が待っている。

もともと朝食はあまり取らない習慣なので水だけ飲んで、携帯でタクシーを呼んだ。

さて何を着て行こうかとクローゼットを開けたところで、ピンポンが。

タクシーはやっ。

急いで着替えてマンションのエレベーターに乗ったこころで、とんでもないことに気付いてしまった。

(次回に続く)

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この記事を書いたのは

山崎 靖

元朝日新聞記者、キャリアコンサルタント、産業カウンセラー、温泉学会員、温泉ソムリエ

昭和40年生まれ
新潟県十日町市出身


コラム「新聞の片隅に」
https://www.asahi-afc.jp/features/index/shimbun

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