(初めての藻岩山編はこちら・・・https://sodane.hokkaido.jp/series/sapporo-diary/index.html)
冬の藻岩山に・・・
すっかり藻岩山の魅力に取り憑かれた私は、休みの日に空いた時間があれば登るようになった。登るたびに発見があり、欲が出てくる。
ストックがあれば体が安定しそうだ、もう少しストレッチ性のあるズボンにしたい、急な雨に備えたレインウエアも、ザックの容量がもう少しあれば…
新しいアイテムを手に入れるとそれを使いたくなってまた登る、するとまた別の新しいものが欲しくなる。初心者が陥りやすい悪魔の罠にまんまとはまってしまった。
お店にしたら、いいカモなのだろう。「期間限定ポイントがたまってますよ」と店員さんが悪魔のようにほほえみかける。
秋も終わりになろうとしていた頃、そんなお店で物色していると、ふと商品棚のポップに目が止まった。
「アイゼン入荷しました」
アイゼンといえば、雪山を登る際に靴に装着する登山用具だ。
このとき、また気付いてしまった。
私が藻岩山に登るきっかけをつくったテレビ番組「吉田類のにっぽん百低山」の中で、たしか1年で460回登っているという男性がいた。類さんに同行していたゲストの女性が「1年は365日ですよ。冬も登るんですか」と訪ねると「もちろん」と。
そっか、藻岩山は冬も登れるのか。
店員さんに訪ねてみた。
「これ(アイゼン)を付けたら冬でも藻岩山に登れますか?」
すると、「藻岩山は冬でも踏み固められていますから、チェーンスパイクで十分ですよ」と隣にある商品を紹介してくれた。靴底にはめるチェーンで、小さな金属製の刃が複数付いている。外側がゴムになっているので簡単に着脱できるという。
これだ。
一気に新しい世界が広がった。
原始林の大地を覆う銀世界、氷点下の澄み切った空間でパウダースノーを踏みしめる。
階段もろくに上がれなかった自分がまさか雪山に登るなんて。
還暦を手前にして、その変わりように自分でも驚いてしまった。
実は秋の藻岩山には、ちょっとやっかいな問題もあった。この季節は雨も多く、登山道がぐじゃぐじゃなのだ。多くの登山客が歩くぬかるんだ道にはあちこちに水たまりができ、靴やズボン、ストックはすぐに泥だらけになってしまう。登山道入り口にある洗い場は泥を落とす登山客でいつも満員状態だった。さらに大量の落ち葉が登山道を覆うため滑りやすい。グリップが効かない岩場は特に危険。この歩きにくさは何とかならないものか、とちょっとうんざりしていた。
それだけに泥道が雪道に一変する冬への期待が高まる。
わくわくしながら、季節の移り変わりを待った。
札幌で平年より18日遅い初雪が観測されてから1週間後の休日。この日が、雪山デビューの日となった。ザックにストックを差し、靴に雪が入らないように足首にゲイター(スパッツのようなもの)を巻く。その姿は、いかにも雪山に登りますと主張していて、ちょっと恥ずかしい。
藻岩山の登山口までは最初はJR札幌駅近くのマンションからタクシーで行っていたが、その後、札幌駅のバスターミナルから登山口近くまで行く路線バスがあることを発見し、いまではそれを利用している。タクシーだと3000円かかっていたがバスは210円。しかも始発なので待ち時間はなく、乗る人も少ない。とっても快適なのだ。
午前8時すぎ、本格的な雪山登山スタイルでバスに乗り込んだ。いつもだと山登りの格好をしている人が1人か2人いるのだが、この日は私ひとり。本当に冬でも登れるのだろうかとちょっと不安になる。バスは30分ほどで終点の啓明ターミナルに到着。そこから緩い坂道を5分ほど歩くと登山口だ。
秋とは景色が一変していた。車も人も少ない。ただ、登山道にはしっかりと踏み固められた一本道ができていた。ストックを取り出し、靴にチェーンスパイクをはめていよいよ出発だ。
最初の一歩を踏みしめる。ザクッととても心地よい音がした。
なんだこの感触は。
金属の刃ががっちりと雪をとらえ、その頼りがいのあること。秋の泥道とは大違いだ。
誰もいない原始林の銀世界に自分の足音だけが響く。
これこそ憧れていた冬の北海道だ。
しかし、これが第二の悲劇の始まりだった。
(次回に続く)