人はなぜ、高いところに住みたがるのか タワマン編 57歳、さっぽろ単身日記

人はなぜ、高いところに住みたがるのか。

私には確信に近い持論がある。

ひとことで言うと、「優越感」だ。

「それって、自己中心的で上から目線の人間だと言いたいのか」

タワマンの住民からそんな抗議を受けそうだが、私にはそれ以外の理由が見当たらない。

例えば31階と32階に同じ広さ、間取り、方角のマンションがあり、家賃も同じだとしたらどちらに住むだろうか。

ごくまれに阪神の掛布ファンだからと31階を選ぶ人もいるかも知れないが、多くは32階だろう。その証拠に、賃貸マンションだったら家賃は32階の方が高いし、分譲だったら価格は32階の方が高い。つまり31階より32階の方がニーズが多いということだ。

31階と32階の生活にどんな違いがあるというのか。

31階より32階の方が「上」という以外に。

私は去年春からJR札幌駅近くの31階建てマンションの25階に住んでいる。

引っ越しから数日後のこと、自分の中に潜んでいた「優越感」を思い知らされた出来事があった。

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コンビニでの買い物を済ませ、マンション1階のエレベーターに乗った。すでに女性が一人、ドア横の階数ボタンの前に立っていたので奥に進んだ。

「何階ですか」

女性が半身を向けながら声をかけてくれた。階数ボタンを見るとすでに27階が点灯している。

そのとき私は信じられない言葉を発してしまったのだ。

「すみません、29階でお願いします」

本当は25階なのに、何という幼稚な見栄を張ってしまったのか。

いったん29階まで上がり、そのまま出ずに25階のボタンを押したとき、穴があったら入りたい気持ちになった。

「優越感」の裏側にあるのはコンプレックスだ。

東京勤務時代、湾岸エリアの高層マンションの上層階に住む同僚の家に招かれたことがあった。眼下に広がる宝石のような夜景を眺めながら、少しお酒が入っていた同僚はしみじみと言った。

「天下を取ったような気分になるでしょ」

ああ、気持ちはすごくよく分かる。

新潟の豪雪地帯で生まれ育った私は、子供の頃から強烈に東京に憧れていた。長渕剛の「とんぼ」と同じ心境だった。

東京で一旗揚げたい。自分の力を試してみたい。しかし、現実は甘くない。

そんな東京に集まる多くの地方出身者が抱えるコンプレックスを、高層マンションからの景色が一時的に解消してくれるのだ。

見下ろした世界にはミニカーのような車や蟻のような人がちょこまかと動いている。ミニチュアとなった現実社会を天上から鑑賞していると、目に映るどんな人間よりも偉くなった気分になる。しかし、それはあくまで一時的であり、バーチャルでしかないのだ。

私はこれまで数え切れないくらい引っ越しを繰り返してきたが、高層の部屋に住もうと思ったことはなかった。見栄を張り、背伸びをすることへの抵抗感もあり、むしろできるだけ低いところを選んできた。

そんな自分がなぜ、タワマンに住むことになったのか。

人事部時代、必要に迫られてカウンセリングの資格を取得した。その受験勉強で必ず覚えなければいけない用語の一つに「受容」がある。カウンセラーがクライエント(相談者)との信頼関係を築くための重要な態度の一つで、クライエントの存在そのものを肯定的に温かく受け止め、無条件に許すことを意味する。その態度を自分に向けると、これまで見えていなかった、あるいは見えないふりをしていた、心の奥底に押し込めていた感情が浮かび上がってくる。

私にとって「優越感」がその一つだった。

恥ずかしい、格好悪いと見て見ぬふりをしてきたが、消えてなくなることはなかった。

なぜ、消えずに残っているのか。それは自分が未熟で、自信を持てずにいるからにほかならない。弱く、小さいところも含めてすべて自分なのだ。

たとえ一時的だとしても、バーチャルだとしても、天下を取ったような気分を味わいたい――。そんな感情を拒絶するのではなく素直に認めて受け入れる。そして感情に逆らうことなく自然体で行動する。こうした実践によって自分の本当の姿を確認でき、それが自らを変え、成長させるための一歩になる。

還暦を前にして達した境地である。

という訳で、私の初めてのタワマン生活がスタートした。

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この記事を書いたのは

山崎 靖

元朝日新聞記者、キャリアコンサルタント、産業カウンセラー、温泉学会員、温泉ソムリエ

昭和40年生まれ
新潟県十日町市出身


コラム「新聞の片隅に」
https://www.asahi-afc.jp/features/index/shimbun

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