『ドライブ・マイ・カー』 ざわざわの数分間 北海道人なら気になってしまうあの場面・・・編集根気 

『ドライブ・マイ・カー』 ロケ地に北海道

 『ドライブ・マイ・カー』が国内外の映画賞を数多く受賞して話題になっておりますね。

生来の天の邪鬼なので、話題になったものはとりあえず後回しでいいかなという性格なのですが、この映画の中に北海道ロケがあるというので、観てみました。

 なかなか難解な映画で、味わい深い作品だと思います。内容や評価については、めちゃくちゃ多くの人が語っているし、ネットで調べればそれこそ批評は星の数ほど出てくるので、そこには触れず、今回は映画の中の私の「ざわざわする数分間」について語りたいと思います。

サムネ&トップ.jpg

 さて、映画では主人公の俳優で舞台演出家の家福(西島秀俊)が、広島での演劇祭で、自分の車の運転手としてあてがわれたのがみさき(三浦透子、札幌出身!)です。車は赤いサーブ900というスウェーデンの車です。ここにサーブを持ってくるのが、いかにも村上春樹らしい。

 両者とも心の奥底に深いわだかまりをかかえているのですが、あるとき家福はみさきの故郷を見たいということで、このサーブで、みさきの実家のあった北海道へ出かけます。場所は上十二滝村という架空の町。そう、村上春樹ファン(ちなみに私はハルキストではありませんが)ならおなじみの名前。『羊をめぐる冒険』で出てきた架空の場所は「十二滝町」です。こちらは美深町がモデルという話もありますが、この映画の「上十二滝村」のロケ地となったのは赤平市だそうです。

 原作が発表されたとき実は「上十二滝村」は中頓別町だったのですが、実際の町の名前を使うのにちょっとした問題があって、短編集では架空の町になっています。このことは著者が短編集の前書きで触れています。

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 2人は赤いサーブに乗って広島を出発します。遠いです。フェリーに乗って北海道に渡ります。だんだん上十二滝村が近づいてきたときから、私の「ざわざわの数分間」が始まってしまい、気分が落ち着かなくなりました。みさきの故郷が近づくにつれ、あたりが雪景色になります。さあ、ここからがいけない。気になってしょうがない。「タイヤ変えたのか?」

 出発地の広島は全くの「夏道」(北海道人にとって、冬道以外はいつでも「夏道」なんです)。途中も夏道だったので、そこまでは何のひっかかりもなくストーリーに集中していたのですが、雪景色を見たとたん、話に入り込めなくなってしまったのでした。

冬道にはこれよ!.jpg

 画面の中の路面状況ばかりに気が向いてしまう!みさきの実家跡に着いたのは昼間なんですが、ああ、その先坂道だ〜、早く帰らないと道路が凍りだすぞ〜、タイヤ変えたのならサーブの荷物室はタイヤで満杯のはずなんだがその気配がないなぁ、ということはやっぱり夏タイヤなのか、無謀だなぁ、それとも元々スタッドレスだったのか、いや家福は北海道とは関係ないからそんなはずはない、ワイパーは変えたのか、ブラシ積んでるのか……といったことがひっかかってしまう。

 このシーン、家福とみさきがお互いに持っている心の中の澱が解けかかる重要なシーンなんだけど、タイヤが気になって入り込めん!1カットでいいから途中でタイヤ交換のシーン入れておいて欲しかった〜!

 こんなことが気になるのは私だけかと思ってネットでいろいろ調べてみましたが、いや〜、やっぱり同じような北海道人がいるいる!やはり気になってしょうがない人たち書き込みがたくさんありました。私だけじゃなかった。やっぱりみんな気になるよね!

 さて、実際には夏タイヤだったのか冬タイヤだったのか?

 これもネットで調べたら答えが出ていて、正解は「冬タイヤ」でした。あ〜、よかった。

 なんとこの映画で劇用車のコーディネーター本人がTwitterで投稿していて、途中でミッションが壊れたこととか、オートバックス上越店で無事冬タイヤをゲットできたことが書いてありました。ということで、次には安心して観れそうです。

 こういうディテールが気になること、たまにあります。特に自分が詳しく知っている分野の描写の詰めが甘かったりすると、急に作品全体が嘘っぽく感じられてしまいます。私の前職は報道カメラでしたから、事件なんかで登場人物がカメラの大群に追い回されているような場面が映画でもよく出てきます。どうしても検証してしまうんですよね。「おいおい、こんな現場でそんなカメラは使わねーよ。そんなレンズでどうやって撮るんだよ。そんな細いストラップつけたプロカメラマンいねーよ……」などなどとツッコミたくなってしまう。

 おそらく、いろいろな場面でその道のプロの方が同じようなことを感じておられることでしょう。映画の場面考証も大変だなぁ。

 ちなみに、映画ではサーブ900は赤色ですが、原作では黄色です。雪の中を行く車はやはり赤でなくては映えないでしょうね。そういえば名作ロードムービー『幸せの黄色いハンカチ』の中での武田鉄矢の車も真っ赤なマツダファミリアでした。このファミリアは夕張の「幸福の黄色いハンカチ想い出広場」に展示されていましたね。



 この作品に関する北海道ネタをもう1つ。原作『女のいない男たち』の文春文庫版の表紙には白黒の写真が使われています。杭の先に3羽の鳥が止まっています。その横に4羽目の鳥。この鳥だけが空を飛んでいます。それだけの要素のとてもシンプルな写真です。いい写真だと思っていました。

 ある日、本の後ろの方を何気なく眺めていたら、この写真のクレジットが目に入りました。マイケル・ケンナ!イギリス人の写真家で、北海道を頻繁に訪れていて北海道の写真集も出しています。屈斜路にあった彼の愛した老木が切られたときには新聞記事にもなったほどです。雪原に並ぶ杭、湖と桟橋、雪の法面にリズミカルに並ぶ雪崩防止柵、というようなミニマリスト的写真が特徴、ハッセルブラッドで正方形に風景を切り取る私の好きな写真家です。

マイケル・ケンナ https://www.michaelkenna.com/

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ああ、アカデミー賞を取ったらこんなに帯が太くなってしまった!マイケル・ケンナの写真が見えない……

『女のいない男たち』 村上春樹著 文春文庫

 残念なのはこの映画がアカデミー賞の国際長編映画賞を取ってから本に大きな宣伝帯が掛けられてしまって、このすばらしい写真があまり見えなくなっていることです。本に帯を掛けるのは日本独特の文化かもしれませんが、本の装丁家に敬意を表し、買ったら帯はすぐに捨てることにしています。

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これが普通の帯。これならケンナの写真が見えます!

『女のいない男たち』 村上春樹著 文春文庫

 脱線しました。一度観ただけではよくわからない部分も多かったので、もう一度観てみるかな。「冬タイヤだから大丈夫!」と念じながら例の場面を味わい直します。

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この記事を書いたのは

吉村卓也

フリーランスの編集者、ライター、フォトグラファー、ビデオグラファー、デザイナー、プランナー、プロデューサー。並べてみたらカタカナばかりになった怪しい肩書き。その他、ジャンルを問わず自分にとって、北海道にとって面白いと思うことは何でもやってみたい。
埼玉県浦和市(現さいたま市)生まれ。1996年より札幌在住。以来住んでいる札幌市南区をこよなく愛する。
朝日新聞社(写真部員、数年しかいなかった)を経て、米国ミズーリ大学ジャーナリズム学部留学。その後、北海道に住みたいという夢を実現すべく札幌へ移住。
1997年に運良く東海大学札幌キャンパスの教員となり、2018年まで20年間勤める。
2018年株式会社メディアグレスを設立して代表となる。
同年より「アサヒファミリークラブ・プレミアムプレス」の編集に関わる。
https://www.mediagres.com/

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