登山を甘く見た結果 体に異変が さっぽろ単身日記 

心が折れそうになりながら、4時間かけて樽前山から風不死岳の頂上にたどり着いた。

雲が切れ、眼下に青い支笏湖が姿を見せたが、なぜか心は晴れない。

途中、ロープで岩場をよじ登りながら、ある不安を感じていたからだ

 

ここ、降りられるだろうか

 

ガスバーナーで沸かしたお湯で作ったカップラーメンで英気を養ったとは言え、4時間登り続けた疲労はたっぷり体に蓄積している。

果たしてあの岩場で踏ん張ることができるか。

 

下山して間もなく不安がますます大きくなる

冬の藻岩山で痛めた右膝がガクガク言い出したのだ。

 

夏に肉離れを起こしてギプスを巻いたのも右足だった。

私の足はもともと左右のバランスが悪く、左足に比べて右足の踏ん張る力が弱い。

このため下山では右足でしっかり支えることができず、左足の着地が不安定なのだ

特に高低差のある足場では左足を地面にたたきつけるような降り方になっていた。

 

岩場ではロープを握って後ろ向きになりながら慎重に降りた

それでも着地のタイミングで左足が滑り、つま先を思い切り岩にぶつけてしまった。

同時に、左足の親指の爪を無理やりはがされたような違和感が襲った

 

爪がめくれたか。

 

脳裏に浮かんだのは、出発前の朝、自宅で靴下を履こうとしたときに見た自分の足の指だった。

 

爪が伸びてる

 

切ろうかと一瞬考えたが、「まあ、いいか」とそのまま靴下を履いた。

 

その伸びた爪が靴の先端に当たり、はがれてしまったに違いない

左足を地面に着ける度に激痛が走

 

靴の中は血だらけになっているのだろうか。

 

億劫がらずに爪を切っておくべきだった。

 

「爪を切って出直してこい」

 

柔道部だった高校時代、道着に着替えて畳の上に立った私は顧問の先生から退場を命じられたことがある

柔道をやる者にとって、指の爪を切ってそろえることは安全上、欠かせない準備行動だった。

足の爪が伸びたままだった私はその日から3日間、部活動を禁じられた。

 

先生、すみません。また、やってしまいました。

 

痛みをこらえて急坂を降りながら、天国の恩師に謝った。

 

贖罪の気持ちが届いたのか、傾斜が緩やかになるといつの間にか痛みも消えていた。

下山途中にあられも降り出す不安定な天気だったが、風不死岳のピークから2時間ほどで登山口に戻ることができた。

 

帰宅後、おそるおそる靴を脱ぐ。

血だらけにはなっていなかったが、左足親指の爪が内出血し、全体が紫色になっていた。

特に爪の先端部分と皮膚との結合部は血の塊で黒ずんでいる

 

痛みは数日で消えた

ところが、爪の色日に日に濃くなっていく

一応、近所の皮膚科に診てもらった。

 

病名は「爪下血腫(そうかけっしゅ)」。

登山のほか、ランニングやサッカーなどが原因でなることもあるそうだ

治療の必要はなく、そのまま新しい爪が生えるのを待つだけだという。

 

「どのくらいで生え変わりますか?」

 

「数カ月はかかりますね」

 

数カ月…

 

またしても登山を甘く見た結果だった。

 

爪を切って出直します。

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この記事を書いたのは

山崎 靖

元朝日新聞記者、キャリアコンサルタント、産業カウンセラー、温泉学会員、温泉ソムリエ

昭和40年生まれ
新潟県十日町市出身


コラム「新聞の片隅に」
https://www.asahi-afc.jp/features/index/shimbun

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