やっぱりニセコはやばかった② さっぽろ単身日記

2023年2月18日午後1時半、生まれて初めてニセコの雪原にスキーで立った。

https://sodane.hokkaido.jp/column/202302250630003131.html (その1)

ニセコアンヌプリ国際スキー場のゴンドラリフトは強風で運転停止になっていたので、近くにあるクワッド(4人乗り)リフトに乗ることにした。ゴンドラを使わなくてもリフトを乗り継げば頂上まで行けるとTさんは言う。

 

ゴンドラが停まっているためかリフト乗り場は行列になっていた。ここでも半分以上は外国人の印象だ。クワッドリフトから2つのペアリフトを乗り継ぐとゴンドラの降車駅付近に着いた。あと1つ、最後の第4ペアリフトに乗れば山頂にたどり着くのだが、ここも強風のため運転停止に。見上げると、斜面はかなり急でコブもできている。明らかに上級者コースだ。リフトが運転停止になってくれて正直ほっとした。

 

「とりあえず下まで行こうか」

 

ああ、やっぱり一気に行っちゃうんだ。大丈夫かな。

 

「動けなくなったら呼んで」

 

不安を感じ取ったのか、Tさんはそう言い終わると同時に滑り出した。

あわててその後を追う。

 

おっ。

 

雪質はふもとよりもさらに軽い。

少し体重を移動しただけでカービングの板が自然と曲がる。

 

これは滑りやすい。

 

見渡す限りの銀世界。

所々に立っている木々の間を抜けていく。

 

気持ちいい。

 

ベテランスキーヤーの後ろ姿もしっかり見えている。

なんだか急にスキーが上手くなったような錯覚に陥る。

これがニセコマジックなのか。

 

しばらくすると緩斜面が終わり、ちょっとした壁のようになっているコースに変わった。

 

ここでいったん休むのかな。

 

そう思っていると、Tさんはそのままのスピードで降りて行ったではないか。なんとか付いて行こうとするが、暴走しそうになるスキー板を抑えようと踏ん張るだけで精いっぱい。声をかける間もなく姿を見失ってしまった。

 

すると突然、両足の太ももに筋肉痛が。

 

やばい。力が入らない。

 

考えてみると、3本もの長いリフトを乗り継いで一気に下ったことなど、札幌に来てから一度もなかった。いつものBスキー場では1本のリフトを繰り返し乗っていただけなので、短い滑降時間しか経験していなかったのである。

 

一番力が必要なときに踏ん張れないとは。

 

73歳のスキーヤーはスイスイ降りて行ったというのに。

自分の体力のなさがつくづく情けなくなる。

 

結局、ボーゲンと横滑りを繰り返しながら、やっとの思いで最初のリフト乗り場にたどり着いた。

 

「ちょっと休むかい」

 

Tさんが心配して声をかけてくれた。

「休む」という言葉が体にしみる。

 

たったのひと滑りでこのざまか。もしも第4リフトが動いていたら、と思うとぞっとする。

それにしても73歳の脚力には恐れ入りました。

 

何度か休憩をはさむうちに筋肉痛もやわらいできた。2人で3時間ほど滑り、シャトルバスに乗ってこの日の宿に向かう。

 

温泉学会理事のTさんが選んだのはニセコ昆布温泉にある「ニセコグランドホテル」。

なんと混浴の大露天風呂が名物なのだ。女性は湯浴み着、男性はタオル一枚という老若男女、多国籍の宿泊客が湯けむりに包まれていた。

予約できた部屋はツインの1室。お互いのいびきが心配だったが、夕食を済ませると2人ともあっという間に寝てしまった。

 

 

翌朝の出発時間は午前8時40分。

ホテルからシャトルバスに乗り込み、「アンヌプリ」を経由して「ヒラフ」の駐車場に到着。いよいよニセコ2日目のスタートだ。

 

すでに混雑しているリフト券売り場で5時間券(5500円)を購入。ちなみにTさんはシニア券(4300円)だ。

 

「とりあえずてっぺんまででいいかい」

 

この人、本当にシニアなのか。

 

はい、ついていきます…

 

そのてっぺんには、いままで見たことのない世界が広がっていた。

 

(続く)

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この記事を書いたのは

山崎 靖

元朝日新聞記者、キャリアコンサルタント、産業カウンセラー、温泉学会員、温泉ソムリエ

昭和40年生まれ
新潟県十日町市出身


コラム「新聞の片隅に」
https://www.asahi-afc.jp/features/index/shimbun

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