この春で5周年を迎えた札幌西区にある農園レストラン「アグリスケープ」。
料理と農業の両立に挑んで5年。「美味しさ」を求めて取り組む先に、見えたものとは?お店の今と、シェフに今後の夢を伺いました。
持続可能なレストランの有り方を追求「AGRISCAPE」
札幌駅から西へ車を走らせ、札幌オリンピックの舞台にもなった大倉山ジャンプ競技場を過ぎ少し進むと、市内であることを忘れるようなのどかな風景が現れます。
市道沿いの傾斜地には畑が並び、後ろには小さな森が佇む“小別沢地区”。
ここに一軒のレストランがあります。「AGRISCAPE(アグリスケープ)」です。
小さな山を背にしたレストラン。同じ区画には野菜の畑や畜舎のハウスが並び、パッと一瞬見ただけでは、ここにお店があるとは気づかないかもしれません。
雪どけ水の流れる沢のせせらぎを耳にしながらそっと店の扉を開くと・・・キュッと髪をお団子結びにしたスタイルとカラッとした笑顔が印象的な、シェフの吉田夏織さんが迎えてくれます。
シェフが農家に。理想の食材を自ら作る
シェフの夏織さんが手がけるのは、料理だけではありません。
AGRISCAPE(アグリスケープ)は、シェフ自らが法人を立ち上げ農産物を生産しながら、併設するレストランで本格的なフレンチ料理を提供しています。
「食材である野菜や果物が、どのように実がついて、どの状態が一番美味しいのか?農家を始めてから、初めて知ったことがたくさんあった」
そう話す夏織さん。食材の美味しさを追求した結果、生産から自分たちで責任をもつということに挑戦しました。平成27年に農業法人を設立。2カ所の畑と山林の約2ヘクタール。栽培する品目は多様で、種類も多く、畜産まで手掛けています。
無農薬野菜を育てる畑の手入れに、フランス原産のプレノワール種などの鶏の世話など、様々な作業を自身で行っています。
お店を立ち上げたばかりのころは、野菜や果物の畑と平飼いの鶏のみだったという農園は、今では黒豚・羊・ヤギも飼育、養蜂にチーズ作りまで始めたというから、そのバイタリティには目を見張ります。
畑で感じたエネルギーをお客様に伝えたい
朝、家畜たちを見回り、畑で作業をしてから、レストランを開けキッチンに立つ。
「厨房に届く前の食材の姿を知ることで、その日の食材が一番美味しい状態で提供できる」という夏織さん。楽とは言えない畑仕事や家畜の世話をしてもやりたいと思えるのは、食材の魅力を感じられる美味しい料理を提供したいから。
農園で育てた野菜や肉をふんだんに使って、季節を感じられるコース料理を作ります。
春先の今は、野菜たちから生命力を一番感じられる季節。
新鮮な野菜のサラダは瑞々しく、シャキシャキと歯触りが楽しい。ローストした白菜は驚くほどに甘い・・。ひとつひとつの素材の味とペーストされた野菜のソースの香りが、口の中に広がると、味覚から春を感じられて気分が華やぎます。
そして、黒豚のお肉の美味しいこと!しっとりときめ細かく、脂がスッと舌で溶ける。その感動を伝えると「美味しいでしょ?脂もサラッとしていて」とシェフの夏織さんは、誰よりも嬉しそうにニコニコと飼育している黒豚について語ってくれます。
「これからの季節は山菜も裏山で採れるし、夏にはハーブが生き生きとしている。ここでだから作れるよね」というように、北海道のこの場所だからこそ実現できる料理。そんな料理の魅力に惹かれて、遠方からも客が訪れています。
農園とレストランの循環・フードロス削減は必然的に
AGRISCAPE(アグリスケープ)では家畜の堆肥を畑に戻し、料理で使わない野菜のヘタや皮は家畜のエサに。フードロス削減にも積極的に取り組み、持続可能な資源循環を実現しています。
畑で採れた新鮮な野菜は、動物たちも大好物。野菜をもらえると分かると、静かだった畜舎のハウスが急に騒々しくなって「早くちょうだい」とねだるように鳴き声があちらこちらから。栄養のある野菜の皮を美味しそうにむしゃむしゃ・・・。無農薬野菜を食べて育つ黒豚や羊は健康に育ちます。
この春には子ヤギも生まれ、生命力を感じる畜産の現場がありました。
持続可能なレストラン。立ち上げ当初からこの形が100%見えていたわけではありません。農園とレストランを手掛けることで必然的にフードロス削減に取り組むようになり、それが一番良い形となっていったのだそう。
また最近は、近所の農家さんから自分たちでは作っていない野菜を提供してもらったり、家畜用の藁をもらうなど地域との交流も深まっています。地域の人と人との循環も生まれ始めています。
レストランで気に入った食材をお土産に
直売所では、フレッシュジュースやピクルスなどの販売もしています。
その他、その季節の野菜や鶏肉、卵も買うことができます。手作り味噌に漬物まで。
フレンチレストランとは思えないほどのバリエーションですが、そこには生産者さんの顔が見える安心で美味しいものが並んでいるのです。
ひとつひとつにこだわりがあり、お客さんとのコミュニケーションの場にもなっています。
次世代に伝えたい「いのちの循環」
また、AGRISCAPE(アグリスケープ)では料理人を夢見て学ぶ若者たちや近所の小学校の児童を、研修として受け入れることもしています。
鶏を絞めるところから学ぶ体験は料理学校でもそうありません。「精肉となった状態しか知らないのと、飼育環境や生産者の思いを知って調理するのとは大きな違いがある」と夏織さんは話します。
雛から手塩にかけて育てた鶏を、いただくために絞めてお肉にする。
普段スーパーに部位ごとにパック詰めされて並んでいるお肉を見ているだけでは気がつけないことがあるはず。
「見学にきた小学生もじっと食い入るように見てくれて・・・きっと何かを感じてくれたのだと思う」とその時の様子を教えてくれました。
「だから皮まで無駄にしたくない」
“捨てること”を極限まで減らしたいという想いは、シェフである夏織さんが自ら生産をするようになって、更に増したのだといいます。
「いのちの循環」を次の世代へ伝えるレストランAGRISCAPE(アグリスケープ)。
札幌の都心に近い場所でありながら、北海道を体感できる農風景の中で、ここでしか味わえない特別な時間と料理がここにはありました。
資格を取得し、養蜂や狩猟も行うシェフの吉田夏織さん。
まだまだ挑戦してみたいことは尽きません。
今後は「ペットフードなども手がけてみたい」と話します。フードロス削減をさらに進めて、人も動物も幸せと感じられる場所に。
畑と畜産とレストラン。5周年を迎えてますます広がりをみせています。