「農業は、私たちの生き方だ!」~次世代農業へつなぐ多様性~
2025.10.20
北海道の十勝で農業の魅力を発信する3人に会いに行きました。
有機栽培や土づくりに取り組む生産者。慣行栽培から有機栽培へ切り替えるきっかけになったことは?また、十勝の農業の未来とは?
“美味しいものを作る”ことのその先に「生産者自身の暮らし方・生き方」が十勝の、農業の魅力となっていました!
ハルユタカの有機栽培に成功・斎藤農場(帯広)
株式会社斎藤農場・代表取締役専務の斎藤一成さん(43)はこの農場を継ぐ3代目です。
家族で経営する斎藤農場では、34ヘクタールのうち9ヘクタールで有機栽培に取り組んでいます。10数年前に先代が有機栽培を始めてから、日々、試行錯誤の連続だったといいます。
難しいと言われている「ハルユタカの有機栽培」にも今年成功した斎藤農場。
土づくりの工夫の一例として「赤クローバー」の活用を教えてくれました。
大豆窒素と小麦の除草対策として、春先に赤クローバーを種まきし、小麦の間作として育て、赤クローバーを漉き込んで土づくりを行っているのだそうです。
畑を案内してもらうと、緑肥になるクローバーが麦と共生している風景が見られます。
斎藤さんの農園では小麦の他に、とうもろこし、にんじん、じゃがいもなども栽培されています。
この辺りの土地は粘土質が高いため人参などが病気になりやすいという課題もあったそうです。農薬を使わずに栽培する工夫を毎年重ね、今年は人参と並列するようにライ麦を植えてみたのだそうです。人参畑には、ライ麦の葉が、人参の葉を支えるように並んでいます。
細く柔らかい人参の葉が直接地面に付きにくくなることで、病気が減少。おかげで今年は絶好調だといいます。
また、長芋や大根などは、帯広の学校給食としても使われています。
有機栽培を始めて良かったことは「人との繋がりができたこと」だという斎藤さん。
化学肥料を投入する慣行栽培と違い、有機栽培は試行錯誤と挑戦の連続。有機栽培に取り組む地域の仲間ができたことで、情報交換をしながらより土づくりの工夫を重ねていくことができると言います。また有機でつくった野菜の味を気に入ってくれた取引先とは長く付き合っていける信頼や絆が生まれることも、有機栽培に取り組む魅力になっています。
十勝の有機ネットワーク広げ、安心安全で美味しい作物を、帯広から発信しています。
保育士から農家の嫁に、有機野菜カフェ「灯里」(幕別)
北海道十勝の幕別町にある「灯里(ひより)」は、オーガニック野菜を育てる小笠原農園が直営するカフェです。陽の光が差し込む12席ほどの可愛らしい店内でいただけるのは、目にも美しいオーガニック野菜のランチ。全て野菜で構成されていますが、食べ応えは十分で、野菜の香りも高く、味付けも優しいものばかり。
カフェ「灯里」代表の小笠原美奈子さんは、元保育士から農家の嫁となりました。
幕別町で100年以上続く小笠原農園は、家族代々、慣行農業を営んでいましたが、やるからには有機にしようと、オーガニックへ転換して14年。現在は大豆や小麦、ジャガイモのほかレタスやトウモロコシ、リーキなど合計50品目種類以上の農作物をオーガニックで育てています。
「嫁いできて感動した“茹でとうきび”の販売をどうしてもしたかったんです」という美奈子さん。カフェを始めるきっかけだったと振り返ります。しばらくすると、評判が広がりトラックの運転手さんで大行列になるように。遠方から、時には海外からも「灯里」を目指してお客さんが集まるようになりました。
しかし、最初は苦労もたくさんありました。カフェを始めるにあたって金融機関にお金を借りる際には「こんな所に人は来ないよ」と借り入れを断られてしまったと言います。骨をうずめる決心をして嫁いだ幕別町のこの場所を、どうしても魅力のあるものにしたいと思ったそうです。コロナ禍に重なったことがかえって追い風になり、ここなら混雑をさけて自然の中でゆったりご飯が食べられると、遠方からも常連客が増えていきました。
2020年にリンゴの栽培をスタートしましたが、最初の年は全ての実をカラスに落とされてしまったり、実がつかない年もあったそうです。「農薬を使わないでリンゴの栽培なんて無理だよ」と周囲からは言われましたが、どうしたら虫や天候の影響を最小限にできるのかを先回りして考え、工夫を重ねてきました。「今年は実がたくさんつきました」と嬉しそうに微笑み語る美奈子さん。周りから「無理だよ」と言われても、きっとできる方法があるはずだと、諦めずにトライしてみる。そんなしなやかな強さを感じる女性です。
今年はお米づくりにもチャレンジしています。今後は民泊を始めたいと思っていると、話してくれた時の輝くような瞳が印象的でした。十勝のオーガニック野菜の普及にも尽力しており、次の世代に十勝の魅力を伝えています。
美奈子さんの娘夫婦も小笠原農園に戻ってきて、一緒に農園やカフェを運営しています。北海道の農業を持続可能なものにしていくためには、美奈子さんのようなロールモデルとなる女性の数を増やし、その数の分だけ、北海道での生き方の選択肢を増やしていく必要があると感じました。
定年後に始めた放牧養豚「ライフスタイルとしての農業」(幕別町)
幕別町忠類にある「遊牧舎」代表の秦寛さん。
北海道の畜産試験場で豚の飼養管理の研究を15年、その後、北海道大学で豚の放牧の研究を20年務めました。大学の定年を機に、十勝で自ら放牧養豚の牧場を立ち上げました。
放牧舎では、酪農家の離農跡地で「遊ぶた」というネーミングで放牧豚の生産をしています。
遊ぶたは、1年を通じて冬の雪にも負けず、牧草地で自由に走りまわり育ちます。群れで放牧されている豚たちは、どこか表情がおっとりしているように見えます。
飼料は十勝の農畜産副産物。配合飼料を使わず、廃棄されている農畜産副産物を活用することで、脂肪の質に良い影響があり、肉の味わいに繋がっています。
オレイン酸など不飽和脂肪酸が多く含まれ、脂肪がとてもあっさりし舌の温度でとけるため「うちの豚はトンカツにするととても美味しい。何枚食べても胸やけしない」とその肉質にも自信をもっています。
この日、白菜やキャベツ、ジャガイモなどの餌やりを体験させてもらいました。私の手からぐいぐいと引っ張るように勢いよくキャベツを食べる豚たち。こうして人と動物が触れ合える養豚牧場にすることも、秦さんの目指す形だったといいます。
「コンセプトは、動物と過ごす豊かな時間と生産。肉以外のメッセージを感じて欲しい」と語ります。
秦さんは、全国的な農業人口の減少傾向の中での課題にも触れました。
「少し前までは、この地域一帯で酪農家が6軒あったが、コロナとウクライナの出来事もあり、うちを入れて2軒になってしまった」
持続可能な農業にしていくためには、農業を多様性のあるものにしていく必要があると言います。ここに放牧豚の研修にやってくる若い人たちは、趣味やライフワークを複数持つ人も多く、農業と別の事を両方実現できる形を模索している人が多いと言います。「農業と音楽」「農業とアート」など、地域と連携して、生産物だけでなく人と人を繋げてできることを増やすことが農業の可能性につながっていくと話してくれました。
そして、もう一つ大切なのは「地方と都会を結ぶこと」だといいます。「地方だけでお金を生み出すのはやはり難しい。地方だからできることを、札幌や東京などで発信することが必要だといいます。
秦さんは、東京の実家の空き家で「遊牧亭」も手掛けています。ここでは、遊牧舎の豚肉をはじめ、十勝の小規模生産者が心を込めて生産した商品や、雑貨やアートなど手作りのクラフトを集めて販売しています。
“美味しいものを作る”ことの更に先の「生産者自身の暮らし方」「動物や自然への向き合い方」「十勝の暮らしそのもの」それが付加価値になって農業の魅力になっていく。これは、放牧する暮らしのひとつ「ライフスタイルとしての農業」なのだと。
秦さんの言葉がとても印象に残りました。
農業の多様性や選択肢を広げていくこと、それが北海道の暮らしの豊かさに繋がっていくのだと感じました。