「文章を書くのは好きじゃなかった」元国語教師で芥川賞作家の井戸川射子が語る書くことの「自由さ」
2026.04.15
インタビュアー自身が今強く惹かれている人物に、ちょっとマニアックな質問をぶつける「私的偏愛インタビュー」。第1回目は、HTBで働く平凡な社員の武内がインタビュアーとなり、今最もハマっているという小説家の井戸川射子さんに熱いインタビューをおこなった。

【私的偏愛インタビュー】芥川賞作家 井戸川射子に聞く!
― もともと国語の先生だったそうですね。小学校ですか?
井戸川さん:高校です。大学卒業後、10年ほど勤めました。
― 先生になる前から小説を書かれていたんですか?
井戸川さん:いえ、むしろ文章を書くのは好きじゃなかったんです。感想文や小論文も、先生にどう評価されるかを意識しながら書いていて窮屈でした。
― 何がきっかけで書くように?
井戸川さん:国語の教員になった時に、詩の教え方が難しくて一度自分で作ってみたんです。そうしたら詩の読み方自体に深さが生まれて。あ、詩って楽しいなと。そこから小説も書き始めました。
キャラクターは、「何をするか」と「何を言うか」で成り立つ

― こう言っては大変失礼ですけど、国語教師をされていた人とは思えないような文体で、最初は正直読みにくいなと思いました。ただ文章を読むうちに、もともと自分の中にあったけど忘れてしまったような文章の感覚を思い出しました。いわゆる学校で習う整った文章ではない井戸川さんの文体はどのように生まれたんでしょうか?
井戸川さん:基本があるから崩せる、というのはあると思います。うーん、やっぱり初めて詩を書いた時に「自由だ」と思ったので。句読点の打ち方が独特とよく言われるけど、でもこの感じで読むと気持ちいいんだよなと。そもそも人の言葉って分かりにくいものだと思うので「読みにくい」は自然かなと思います。読みやすくもできるけど、やっぱり自由さが嬉しくて書いていますから。
― 井戸川さんの文章を読んでいるとリズミカルに映像が頭の中で立ち上がる感覚があるが、意識されていますか?
井戸川さん:作品ごとに変えています。三人称でも一人ずつ平等に見ていく三人称か、一人に焦点を当てて書く三人称か違いがあるし、最近書いた『私的応答』という一人称小説は、母親の一人称と娘の一人称で半分ずつ分けて、母のところは現在形に、娘のところは過去形にするとか。やっぱり書いてみないとわかんないですよ。「書いてみたかった」というのと「書いてみたらこうだと分かった」というのしかない。想像をつけてから書くよりは書いて分かろうという感じです。
― じゃあプロットは作らない?
井戸川さん:基本ないですね、そういう作業はあんまり好きじゃなくて。それよりもパッと思いついた一文をメモしている時が一番幸せで。それを並び替えてる時っていうのは結構大変なんですよ。やっぱりメモしている時が一番幸せっていう感じはありますね。
― 日常で思いついた断片をメモされている?
井戸川さん:うんうん。散歩行ってとか、本を読んでとかかな。
― やっぱり井戸川さんの本を読んでると、「え、ここ文章に書く?」みたいなところが結構多いなと思っていて。例えば人物の行動もいつもは素通りしてしまうような日常の些細な思考が丁寧に描かれている。
井戸川さん:うれしいです。なんか小説の登場人物ってその人がどういう外見もちょっとは書いてあるけど、あとは何をするかと何を言うかだけだなって思ったんです。それをどう組み合わせるかの問題で。教師をしていて思ったんですよ。この子とあの子、ここが違うけどここは一緒で、みたいな。好きなモノと嫌いなモノの組み合わせでできているなと思いました。
― 普通小説では、名前や年齢、職業など具体的なプロフィールがあった上で、その人がどういう行動をしてストーリーができていくかみたいな流れが多いかなと思うんですけど、井戸川さんの文章に出てくる人物はすごく曖昧な感じがしたんですよね。だから今まさにおっしゃっていた、人物は言動だけで成り立つというのがすごく納得しました。
井戸川さん:どっちに転ぶかわかんないっていう感じですね、私のキャラクターは。でも人間ってそうだしなと。ちなみに小説を読むときって映像を思い浮かべますか?
― そうですね。絵として流れるようなイメージですね。
井戸川さん:私はもう全然映像が浮かばなくて。だから登場人物の顔がどんなん?と言われても、お好きに想像してみてくださいっていう感じだし。人の本を読む時も文字のみを受け取ってますね。
― ええ…!作品の中で例えばバスの中の描写もかなりリアルじゃないですか。文字だけでどうやってそこまでリアルにかけるんですか?
井戸川さん:例えばバスの床にたまった水を見た時に、その場で一生懸命メモします。で、後でそのメモを横においていつも執筆をしているんです。あとはそこから言葉の連想ゲームをしていくっていう感じですかね。それを一人でやってるのが楽しい。
― 書き進める中で想定外の展開になることはありますか?
井戸川さん:いくつも可能性を考えてそこから選ぶ感じです。だからふと頭に湧き出る偶然を書いてはいるんですけど、予想もしない動きだなっていうのはあんまりない。
― ストーリーを成り立たせようみたいな、そういうのがあまり感じられないというか…
井戸川さん:(笑)
― あっ、いい意味で、本当に作意的でない感じがして。そこが僕は好きなのかもしれないです。
言葉は自由で面白い!今から書いてみよう!

― 影響を受けた作家はいますか?
井戸川さん:いろいろですが、最近は海外の女性作家をめちゃくちゃ読んでます。ハン・ガンとか、イーユン・リーとか。教員になった時に「自分は全然本を読んでいない」と思って、めちゃくちゃ読んだんですよ。だから言葉が湧き出て詩を書けたっていうのは絶対あると思いますね。
― 庄野潤三は読みますか?
井戸川さん:え、短編の?
― あ、そうです。『プールサイド小景』とか。僕、最初井戸川さんの日常を切り取る視点が庄野潤三に近い部分があるなと思って。
井戸川さん:へ~今度また読み直してみます。
― 今は情報が溢れる時代ですが、言葉に対して思うことはありますか?
井戸川さん:ニュースの切り取り方や見出しは正確でわかりやすいものが求められると思います。まあ、それを学生時代に習うんだろうなとも思うし。一方で今ZINEとか流行ってるじゃないですか。そういう自由に書きたいっていう欲求はみんな持っていると思う。私自身、文章を書くことで自由を感じて生きやすくなった一人なので、詩からでもいいから書いてみたらいいんじゃないかなと思います。
― 最後にメッセージをお願いします。
井戸川さん:詩を書き始めた当初、忘れたくないと思うことを書いていたんですよ。でも書いたら忘れてもいいんだと思ってすごく楽になった。やっぱり、書いてみたら分かるっていうこともあるんじゃないかなと思います。
井戸川射子 プロフィール
1987年生まれ。詩人・小説家。関西学院大学社会学部を卒業後、高校の国語教師として勤務する傍ら、詩や小説の執筆を始める。2019年、第一詩集『する、されるユートピア』で第24回中原中也賞を受賞。2021年、小説集『ここはとても速い川』(講談社)で第43回野間文芸新人賞受賞。2023年、『この世の喜びよ』(講談社)で第168回芥川賞受賞。
あとがき
井戸川さんに北海道に来たことがあるかを聞いてみたところ、修学旅行の引率と、あとは「RISING SUN ROCK FESTIVAL」で、という回答があった。バンド、何が好きなんだろう。
