急に具合が悪くなる、その時に。終末期の友が教えてくれた「人に頼る」ということ コラム:両側乳がんになりました
2026.06.02
【SODANE】急に具合が悪くなる、その時に。終末期の友が教えてくれた「人に頼る」「生ききる」ということ
先日の第79回カンヌ国際映画祭で、濱口竜介監督の最新作『急に具合が悪くなる』が女優賞を受賞しました。ステージⅣのがんを患う日本人演出家と、フランスの介護施設長との魂の交流を描いた作品。元となった『急に具合が悪くなる』(晶文社)という本は研究者同士の往復書簡です。
著書の冒頭には、人類学者の宮野さんが『最終的に生と死をめぐるドキュメントとそのなかをともに生きる人々との出会いの物語』と記しています。病に面した哲学者である磯野さんと人類学者・宮野さんの言葉の記録。病を抱えていきることの不確定性やリスクの問題を専門的にとらえようとしたものです。これをどう映像化されたのか非常に興味があります。
タイトルにある通り、人はいつ、どのように「急に具合が悪くなる」か分かりません。このニュースを耳にしたとき、この本について、と終末期を迎えた友人との日々のやりとりが蘇ってきました。
私はこれまで、HTBの報道記者やドキュメンタリーのディレクターとして、20年近く乳がん患者さんの取材を続けてきました。しかし、46歳の時に自分自身も両側乳がんに罹患。それ以前に父をスキルス胃がんで亡くし、母も乳がんを経験していたため、私は「遺族」「家族」「患者」「取材者」という4つの視点からがんと向き合うことになってしまいました。
「知っているつもり」だったがんの世界。でも、いざ自分が当事者になると頭の中は真っ白になり、深く深く悩みました。そんな私を救ってくれたのは、「人に頼る」という気づきでした。
それまでの私は「自分一人でやって成果を上げていかなければならない」と思い込んでいましたが、罹患して、ひとりの女性とのやりとりを続ける中で「自分がやるべきこと」と「人に任せられるもの」をなんとなく分けるようになりました。
『困ってるでしょ』
がんにり患したことがわかり、治療法の選択を始めたころ、少し年上の彼女が声をかけてくれました。乳がんの先輩、人生の先輩、です。
「できることをやっていけばいい。できないことを無理してそのために無駄な時間を使うんだったら、できることをやって伸ばしたほうが絶対いいから」そして、がんと診断されたあとでも『自分自身は変わらない』と。
この言葉で前を向かせてもらったと思っています。
何度かやりとりをさせていただいているうちに彼女が転移再発したことを知りました。すでにわかっていたことなのでしょうが、すぐにではなく、私が十分に話が聞ける状態になるのを待ってくれていたようにも思います。
病状が進み、文字通り「急に具合が悪くなる」ことが増えていく中で、私たちは何度も言葉を交わしました。作品のような哲学的なやりとりではありませんが、彼女の読んでいた本は『人間がいかに死にゆくか』という本ばかりでした。
ひとはそう簡単に死なないのよ、という言葉を何度聞いたことでしょう。
励ました方がいいのか、同意したほうがいいのか、どう返すことが正しいのか・・・。言葉選びが正直できなかった、いまでも数々のやりとりが正しかったのかどうか自信がありません。
彼女は哲学的ともいえる本を読みながら、どうなったら人間は最期を迎えることになるのかのメカニズム、を知っておきたい、と気丈に語るのです。
知っておいた方が恐怖心が和らいだのかもしれませんが、目の前に迫った死と力をぬきながらも果敢に向き合っている彼女がすごすぎた。標準治療を終えざるを得なくなったあとも、できる治療を調べ、選択肢を探し、悩みながら、一日が長い、と言いながら。こういうときに人はだまされるよね、とか笑いながら。
死が近づくにつれ、できることは確実に減っていきます。お見舞いにいっても食べられるものが限られてきたり、話せる時間が短くなったりする。メッセンジャーのやりとりも遅くなり、少なくなっていく。
でも具合が悪くなることだけで埋め尽くされることのない日常がそこにはありました。
彼女が最後まで目指したのはかけがえのない「今、できること」でした。
亡くなる数日前、一枚の写真が送られてきました。
生まれ育った島の美しい海の写真。
私の感覚だとまだいける、絶対帰るから、、、。最後の言葉でした。
誰の命にも、その長さに違いはあれど限りがあります。
だからこそ、今できることをやり、生ききる。
あきらめではなく、やさしくて力強い作業なのだと友人の姿を見て感じました。
がんは、特別な誰かの病気ではありません。誰もが当事者になり得るからこそ、私たちはもっとがんを「知る」こと、そして語り合うことが必要なのかもしれません。
映画『急に具合が悪くなる』の原作者の宮野先生は受賞のインタビューで『アートになった』とおっしゃったそうです。そして磯野先生にここまで来たよ、と。
託された言葉や学んだ思いはひとりのものにせず、誰かに伝えることはとても大事なことなのだと教えてくれます。劇場で見るのを楽しみにしています。

旭川医科大学病院病理部の「ヤンデル先生」こと市原真先生の編著『がんユニバーシティ』(医学書院)が間もなく発売!実は私も、この本の制作に協力させていただきました。病理医、外科医、そしてメディアや当事者という異なる視点から、がんという病気をどう見つめ、どう生きていくかを講義形式で紐解いていく一冊です。『がんユニ』を通じてがんへの理解を深める。そんな時間を、皆さんと一緒に過ごせたら嬉しいです。

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