依田英将アナウンサーがANNアナウンサー賞で「大賞」を受賞!

依田英将アナウンサーが、2022年5月26日(木)に放送された『イチオシ!!』における、「知床・観光船沈没事故 KAZUⅠ引き揚げヘリコプター実況」で、第21回ANNアナウンサー賞の「大賞」を受賞しました。

中継 依田アナ.jpg

ANNアナウンサー賞で現行制度の大賞が創設されたのは第10回からで、HTBとしては初の大賞受賞となりました。

ANNアナウンサー賞」はANN系列加盟26社のアナウンサーが年間を通じて携わったアナウンス業務のうち、向上心・探究心が厚く、取材・構成・アナウンスメント技術において多大な努力が認められ、特に1年間の成長・技術的向上が顕著であった者に対して贈られる賞です。
ナレーション部門・番組部門・スポーツ実況部門の3部門に分かれ、各部門ごとに、アナ経験16年以内のアナウンサーによる優秀賞、5年以内のアナによる新人賞を、それぞれ選出。3部門の新人賞から最優秀新人賞が、さらに最優秀新人賞と各部門トップの優秀賞の中から、最高峰の大賞が選出されます。

依田英将アナウンサーにインタビューしました

Q  大賞を受賞した今の気持ちを教えてください

大賞という大変栄誉ある賞を頂き光栄です。入社以来ご指導いただいた諸先輩方のお陰でもあります。
ANNアナウンサー賞は2回目の受賞です。入社2年目に土曜昼の情報番組「ほんわかどようび」のお祭り中継で優秀賞を獲得して以来12年ぶりです。
若手での優秀賞、そして14年目での大賞の受賞。これまで積み上げてきたものが今年大賞という形で評価されたことを大変うれしく思います。 

Q 知床取材全体を振り返ってみていかがでしたか?

ANN取材団の一員として2回、延べ12日間現地入りをしました。
観光シーズン前の知床は土産物屋も飲食店もまだ閉まっている中、全国からマスコミが大挙する異様な光景のただなかに私はいました。

事故発生2日後の425日には、現地から朝から夕方までネット、ローカル合わせて15回の中継をしました。
船も行方不明者もなかなか見つからない、そして運航会社の桂田社長もなかなか会見を行わない、会見当日も時間通りではなく、ひたすら中継が呼ばれるなど、とてもじりじりする時間が多かったように思います。
ただ、東京からの中継リクエストやスタジオからの質問内容を見ても「現場で今何が起きているのかをとにかく知りたい」という現場中継の基礎が詰まっていたものでした。

そして中継の合間、時間を見つけては、ウトロを歩き、とにかく歩き、様々な人に話を聞きました。東京を始め全国各地から応援のクルーが来る中でも「地元局として地元で起きた事故を自分の言葉でしっかり伝えたい」という気持ちを原動力に、日々事故と向き合っていました。

Q KAZUⅠ引き揚げの日はどのようなスケジュールだったのか教えてください。

2回目の知床入りは、船の引き上げに照準を合わせヘリコプターで現場海域のリポートを主に担当していました。基本的には女満別空港と現場上空の往復です。

沈没から約1か月後に引き揚げられた「KAZUⅠ」.png

引き揚げ当日となった526日は、朝9時過ぎからヘリコプターに乗り、共同代表ヘリのuhbFNN系)と現場上空に空白の時間がないように、現場、本社間での綿密な調整を行い、引き揚げの瞬間に備えました。
昼前に本社の報道サイバー班と相談し、YouTubeで私の実況付きでの生配信を行い、それと並行して夕方ローカル中継、ネット中継を行うことにしました。
YouTube生配信の最高同時視聴者数は、引き揚げの前後で22000人ほどでした。

 Q 引き上げの瞬間に至るまではどのような様子でしたか?

作業台船上の作業員の動きが慌ただしくなり、引き揚げの動きが見え始めた午後6時から7時までは、ほぼ切れ目なく実況をしました。
615分からのローカルニュースゾーンは、状況が大きく動いたので、結果的に他の項目をすべて飛ばし、冒頭VTR以外全編ヘリ中継での展開となりました。
実況をしながらこれまでおさらい、スタジオとのクロストークも意識しながら、原稿が一切無い中で引き揚げのリポートを続けました。

ヘリコプターから船体が見えたのは645分過ぎ。
地上波ではちょうどCM中でしたが、YouTube生配信は継続していたので、実況をし続けました。
CM明けからの地上波では、船体が海面に引き上げられる瞬間まで、CMなしで生中継の映像を出し続けることができました。

Q 苦労したこと、難しかったことは?

記者兼リポーターという立場でヘリに乗っていました。
本社との連絡も担っていたためリポートするだけではなかったところです。
番組のエンド、ヘリの残りの燃料、日没、そして空港の閉鎖時間と複数のデッドタイムを背負う中、機内ではCMタイミングもわからない状況でした。
通常のCM本数や時間などを冷静に考えつつ、スタジオとの掛け合いにも助けられ、事故なく中継を行うことができました。
非常に痺れる午後6時台の45分間でしたが、関係各所とのチームワークで事故なく乗り切ることができました。 

Q どのような思いで実況をしていましたか?

ヘリコプターからの実況の中で「船体は事故の唯一の証拠品」というフレーズを口にしました。
大惨事となった事故の原因を解明する手がかりとなる船体が、無事に揚がってほしいその一心で祈るように言葉を紡いでいました。
行方不明者の生存が厳しい状況、なおかつ事故、遺族、行方不明者家族に真摯に向き合う姿が見られない桂田社長を、現場で日々目の当たりにしていたからこそ、その思いが強くなったのかもしれません。
それと同時に「冷静であれ」と何度も自分に言い聞かせました。
沈没してから何十回とVTRで見たKAZUI、資料映像や画像ではなく、初めて実物が目の前に現れたことで「やっと見えた!」という興奮があったことは紛れもない事実です。
そんな中でも、全国が固唾を飲んで見守る瞬間を、わかりやすく、そして何より焦らず伝えようと必死でした。
知床取材で、情報や中継原稿を書きなぐったノートがあります。
そこにヘリに乗っているときに書いた原稿はありません。
唯一記した言葉は「1845船体確認」でした。

Q 実況を改めて見て、何を思いますか?

船体が海面に姿を現した後「大きく壊れているところはない」「凹んだり潰れたりはしていない」ということを繰り返し繰り返しリポートいます。
その時は特に意識しませんでしたが、証拠品がほぼ原形をとどめて吊り上げられたことへの大きな安ど感があったのだと思います。

Q 今後に向けて思うことはありますか?

この受賞を機に、後輩にも改めて「現場から伝えることの重要性」を伝えたいと思います。
昨今、本社から送られてきた原稿をスマホで読む現場中継が増えています。
しかるべきチェックを受けた原稿をしっかり読むことはとても大切なことです。
ただそこに縛られない「現場の体温」を中継やリポートではぜひ滲ませてほしいと思います。

中継レポーターの仕事は「状況をわかりやすく説明する」これに尽きるのだと思います。
「その場の状況に応じた、適切なトーンと言葉選びでわかりやすく説明する」私は14年間この気持ちを常に持ちながらこれまで仕事をしてきました。
そしてどんなに年次を重ねてもこの思いは絶対に無くなることはありません。
この思いを後輩にもしっかりと引き継げるよう精進いたします。
そして自分自身も、この受賞に満足することなく「その場所にいるからこそできる体感命の現場リポート」にこだわり続けます。 

依田アナウンサー、ありがとうございました。
改めて、大賞受賞おめでとうございます!

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この記事を書いたのは

HTB編成部

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