あしたのカルテ#1 「地元で産めない…」全道から患者が集まる“最後のとりで” 赤字を抱える公立病院のリアル
2026.08.12
2028年3月の閉院が決まった市立室蘭病院。負債は約85億円にのぼり、室蘭市の青山市長は「市が財政再生団体に転落するような危機的状況を回避するために、もはや残された選択肢は他にはない」と語っています。
しかし、赤字経営に喘ぐのは室蘭市だけではありません。いま、北海道内の8割の公立病院が赤字に陥っています。
札幌市内のみならず道央圏の医療を支える基幹病院「市立札幌病院」もまた例外ではありません。不採算であっても地域に必要な医療の「最後のとりで」としての使命を果たし続ける一方で、忍び寄る物価や人件費の高騰と施設の老朽化。
私たちのあしたを守る、北海道の地域医療のリアルを追いました。
■「地元で産めない…」全道各地で縮小する産科医療
「かかりつけの産婦人科で子宮の入り口が短くなっていると言われ、早産マーカーも陽性で『1〜2週間で生まれてしまうかもしれない』ということで大きな安心できる病院に転院した」
そう語るのは、市立札幌病院の総合周産期母子医療センターに入院している、札幌市東区に住む30代の女性です。現在2人目を妊娠中ですが、早産の可能性があり東区の病院から救急搬送されてきました。

入院中の患者(30代女性)
「1人目の時も切迫早産で入院していたのでリスクがあると知ってはいたが、いきなり救急車で搬送されてきたので、最初は『これからどうなってしまうのか』という不安が大きかった。でも、NICU(新生児集中治療室)がしっかりしていて、周産期センターということで体制がしっかりしているということですごく安心した」
この女性の出身地は、札幌から車で1時間ほどの場所にある岩見沢市です。今回の妊娠にあたり里帰り出産も検討したものの、自身が生まれた病院はすでに閉院。ほかの病院を探そうとしましたが、市内には分娩できる病院が岩見沢市立総合病院の1か所しかなく、里帰り出産を諦めたといいます。

岩見沢市だけではなく、北海道内では今、分娩施設の深刻な地域偏在が進んでいます。北海道によりますと、2025年4月時点で道内179市町村のうち、出産ができるのはわずか「26市町」のみ。特に南桧山や北空知などの医療圏では産科医がゼロとなっています。
少子化による影響に加え、他の診療科と比べて勤務が不規則かつ長時間になりがちであることなどから、産科医の確保が極めて難しくなっているのです。
■全道唯一の「三つ子対応」も。限界ギリギリで回す当直体制

赤ちゃんの泣き声が響く市立札幌病院の総合周産期母子医療センター。
ここでは、切迫早産や妊娠高血圧症候群、前置胎盤による緊急出血など、母体や赤ちゃんの命に関わるハイリスクな患者が年間約110~120件も母体搬送されてきます。受け入れエリアは札幌市内や近郊(江別・千歳・小樽)だけでなく、砂川や深川、苫小牧にも及び、最近では道北や北見・網走管内からの搬送依頼も増えています。
市立札幌病院産婦人科・平山恵美医師
「道内の他の地域にも周産期母子医療センターはあるが、産科の縮小だけではなくNICU自体の縮小もあり、地域のNICUが満床になるなどして対応できないケースが出てくると当センターに搬送されてくることもある。また、三つ子の出産に対応しているのは道内では当院のみで、全て引き受けていて、妊婦と地域の病院を支える〝最後のとりで〟の役割を担っている」
市立札幌病院のNICUは15床、退院待ちや成長した赤ちゃんが入るGCU(新生児回復期治療室)は21床と、道内最大規模を誇ります。小児科から独立した新生児内科専任の医師7人(1人産休)が365日24時間体制で日々対応に当たっていますが、現場の体制は決して余裕のあるものではありません。

市立札幌病院産婦人科・平山恵美医師
「十分に休暇をとったり夜勤明けは休みにしたりという体制を取るには、かなりギリギリの形。周産期に関わる人間がそれほど多いわけではないため、限られた人数で大学から応援をもらいながら維持しているという状況」
看護師の数も減少傾向にありますが、新生児内科の塩野展子医師は現場の思いをこう語ります。

市立札幌病院新生児内科・塩野展子医師
「ドクターだけでなく看護師、心理士、ほかのスタッフも含めて全員がチームでお母さんと小さく生まれたお子さんをサポートしていけるというのが当院の魅力。お子さんが元気に退院したり、それを取り巻くお母さんをみんなで支援したり、みなさんが笑顔で生活できるというのが私たちの原動力」
老朽化と物価高が直撃 大都市・札幌でも赤字を抱える公立病院のリアル

現場の医師たちが使命感と「原動力」で踏みとどまる一方で、病院経営はかつてない窮地に立たされています。
市立札幌病院は、2019年に約9000万円の黒字を確保していましたが、新型コロナウイルスによる状況下を経て状況は一変しました。感染症対応に医師や看護師などを充てる必要があり一般診療を縮小せざるを得ず、2019年に1日平均551人だった入院患者数は2020年に383人にまで減少。病床稼働率も8割から5割にまで落ち込みました。

当時は国の補助金支援があり黒字を維持できていましたが、頼みの綱であった補助金も2024年度には終了。そこに全国的な物価高騰や薬剤費、人件費の伸びが追い打ちをかけ、2023年度には約14億3000万円の赤字に転落し、翌年には約20億5000万円の赤字経営に陥りました。

札幌市病院局経営管理室・奥村彰大室長
「物価高騰の影響はかなり大きい。黒字だった2019年度の病床稼働率は81.9%で、2025年度も80%という状況なので数字だけを見るとほとんど変わらないが、2019年度にはギリギリ黒字であったものが、今は一定程度の赤字ということで、その差を考えた時に物価高騰であったり人件費の伸びが大きく影響しているというのは事実と言わざるを得ない」

さらに重くのしかかっているのが「施設の老朽化」です。
1995年に移転・完成した現在の市立札幌病院。31年が経過した建物は、水回りや配管の劣化が目立ち始めていて、病院の法定耐用年数の39年が近づいています。また、高齢患者の増加に伴い医療機器が増えたことで、病室や通路が手狭になっているほか、感染症流行時に必要な隔離個室の不足や、免震機能の未整備といった課題も浮き彫りになっています。

老朽化や建て替えの議論が急務ですが、奥村室長は「まずは経営の健全化が第一歩」だと強調します。
札幌市病院局経営管理室・奥村彰大室長
「老朽化議論を進める前提として安定した経営をしていくことが求められる。今年3月に策定した中長期計画に基づき、経営改善の取り組みをしっかり進めて2029年には黒字化を達成できるように赤字額を計画的に減らしていく」
窮地に立つ公立病院のリアル それでも果たすべき使命
地域によって抱える事情は異なりますが、「北海道内の公立病院の8割が赤字」という厳しい現実。
しかし、民間病院では採算を合わせることが難しく撤退せざるを得ない、救急や周産期、感染症や災害対応といったいわゆる「不採算医療」を引き受けることこそが、公立病院の使命です。限られた医療リソースをどう分配していくのか、人口減少時代に合わせた新しい形を模索するための議論が早急に必要とされています。

札幌市病院局経営管理室・奥村彰大室長
「公立病院のあり方、あるいは地域における医療提供のあり方というものは時代によって変わってきている。やはり地域として『どう必要な医療体制を整えていくのか』要は『どう今ある病院を生かしていくのか』あるいは『どう連携をとっていくのか』ということを含めて地域全体でしっかりと議論すべき重みがこれまで以上に強くなってきている。地域として、社会として、あるいは国全体として本当に取り組むべき大きな課題」

「最後のとりで」である市立札幌病院が直面している課題は、札幌市民のみならず、北海道に生きる私たち一人ひとりの未来に直結しています。私たちのあしたを守るために、私たち自身も関心を持ち、考えていく必要があります。
