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初めての藻岩山
登山道の入り口から40分ほどたった頃だった。
さらに傾斜がきつくなってくる。ごろごろとした大きな岩も出てきた。さすがに革靴は滑りやすい。岩を避けるようにしてひねったためか、足首が痛くなった。見上げるような急な階段道がジグザグ状に続く。汗が噴き出し、呼吸と心臓の鼓動が激しくなった。
まずい状況だ。思い出したのは16年前の悪夢だった。
2005年4月、社会部記者から初めてのデスクとして神戸総局に赴任した。着任早々、兵庫県内では大きな事件、事故が相次いだ。夏には高
思いついたのは、階段を上ることだった。
朝日新聞神戸総局は旧居留地に建つ25階建てのオフィスビルの7階にある。いつもはエレベーターだが、階段を使って少しでもエネルギーを消費しようと考えた。夏の朝、出勤してビルの内階段を上り始めた。最初は順調だったが4階くらいからちょっと息が苦しくなった。5階になると急に足が動かなくなる。
これはまずい。壁にもたれかかったまま動けなくなった。焦れば焦るほど呼吸が荒くなり、鼓動が波打つ。神戸総局のあるビルは1階から6階までライブやコンサートのできるホールになっていて7階まで行かないと扉がない。
もしこのままこんなところで死んでしまったらいつ発見されるのだろうか。そんなことが頭によぎった。
そのときだった。頭上からトントントンと軽快な足音が響いてくる。
総局で働いているアルバイトの学生だった。健康のためにふだんから階段を使っている、と後で聞いた。
「デスク、なにやってるんですか?」
助かった。学生さんが女神に見えた。
あのときと同じ状況
藻岩山の急斜面を這うようにして登りながら、あの時と同じ状況だ、と感じた。
激しい呼吸と心拍がおさまらない。冷や汗を吹き出しながら、ジグザグ状に続く急斜面を這うようにして登った。
そのジグザグのちょうど角のところに石仏があった。
登山道には入り口から山頂までの間に、西国三十三所観音霊場にあやかって33体の石像がまつられている。その一つだ。
観音像にすがるようにして休み、息を整えた。
助かった。
観音様が観音様に見えた。
革靴に運動不足、寝不足、水分不足が重なった。一言で言えば、藻岩山を甘く見ていた。
私はその後、何度も藻岩山に登っているが、この観音像の前では必ず立ち止まり、手を合わせている。
急坂を登り切ると「馬の背」と呼ばれているなだらかな尾根に出る。木製のベンチが3台あり、休憩している登山客も何人かいた。案内板によると頂上まであと1キロほど。息は整ったが、足は持つだろうか。ただ、ここで下山すると却って負担がかかりそうだ。
進むも地獄、退くも地獄とはこのことか。こうなったら這ってでも山頂を目指すしかない。
しばらく休んだ後、再び歩き始めた。
後でアウトドアショップの店員さんにその話をすると、体力に不安を感じたら、とにかく時間をかけてゆっくりと歩幅を短くして歩くことだと教えられた。たしかに神戸でも藻岩山でもいつものペースで上り続けて急に呼吸が苦しくなった気がする。素人が失敗する典型だそうだ。
馬の背から先は、足が痛いのが幸いしてか、ペースを落としてゆっくりと小幅で歩くことができた。登山道入り口から1時間40分ほど。なんとか山頂にたどりついた。
秋晴れ。山頂にある建物の屋上には登山客のほか、ロープウエイで上ってきた観光客らで賑わっていた。眼下には200万都市札幌の街並みが広がる。
私は一生この景色を忘れないだろう。
帰りはもちろんロープウエイ。ここでは革靴、ワイシャツでもまったく違和感はない。
下山して市電を乗り継いで真っ先に向かったのはアウトドアショップ。
買ったのはもちろん登山靴だ。