やってしまった。
人生初の松葉杖である。
札幌で松葉杖とくれば、雪道ですべって転んだとか、スキー場で骨折したとかと思われがちだが、私がやらかしたのは、雪などまったくない夏の夜。自宅前の歩道だった。
ある日、レンタルビデオ店で借りていたDVDの返却期限が来ていることに気付き、急いで店頭の回収ボックスに投函。早足で自宅マンションに戻る途中の横断歩道だった。
渡ろうとした数メートル手前で歩行者信号が点滅し始めた。
赤に変わる前に渡ってしまおうと、思い切りダッシュ。
そのときだった。
右足のふくらはぎを力いっぱいバットでたたかれたような衝撃が走った。と同時に右足が棒のように固まって動けなくなった。左足でケンケンしながら、なんとか横断歩道を渡った。おそるおそる右足の膝を伸ばしてみると、電気のように激痛が走った。
これって、もしかして肉離れ?
経験したことなかったが、そう直感した。
整形外科でも、その通りの診断だった。
治療法は、とにかく動かさないこと。
有無を言わさず、右足の膝から下をギプスでぐるぐる巻きにされた。
ひと通り松葉杖の練習をした後、看護師さんが優しく言った。
「では、2週間後に来てください」
えっ、2週間?
この状態で2週間も生活できるのだろか。
食事はマンションの隣にあるコンビニとデリバリーで何とかなりそうだ。
トイレは……
そうっと便座に腰を下ろす。
痛くない。
良かった。これもどうにかなる。
洋式で助かった(いまどきマンションに和式はないか)。
問題はお風呂だ。
湯船はしばらく諦めよう。
何とかシャワーで頭だけでも洗いたい。
右足が濡れないようにするにはどうすれば。
ギプスをビニール袋で覆えばいいのか。
台所のシンク下から、コンビニで買いためていた札幌市指定のゴミ袋(20リットル)を取り出した。
これなら頑丈で結び目も付いている。
試してみた。
ギプスの右足をゴミ袋に突っ込み、膝下で結ぶ。
風呂いすに腰掛け、シャワーで洗髪した。
思った以上に足にしぶきがかかる。
しっかり結んだつもりだったが、どうしても隙間ができてしまう。
洗い終わると、ゴミ袋にお湯がタプタプたまっていた。
う~ん、困った。
同じように悩んでいる人はいるはずだ。
だとしたら、お助けグッズがあるかも知れない。
ダメもとでアマゾンのサイトを検索してみた。
あるじゃないか!
商品名は「繰り返し使える防水ギプスシャワーカバー(大人の足用)」
アマゾン恐るべし。
1680円。
ちょっと高いかな、と思いつつ、「本当に濡れません」というレビューを信じてポチッ。
数日後には宅配ボックスに届いた。
さっそく開封。
ビニール袋にリング状の開口部を付けた単純な構造だ。
この開口部のシリコンがただものではなかった。
直径5センチほどの穴が3倍くらいまで広がるので、ギプスで固めた足も余裕で入る。
しかも膝上部分で痛いほどしっかり締まるため一滴の水も入る隙間がない。
おかげで自宅の中ではほとんど不自由なく生活することができた。
これでいつまたギプスになっても大丈夫だ。
ところが一歩外に出ると、これまでまったく気づかなかった厳しい現実が待っていた。
(続く)