みなさん、「あごだし」って知っていますか?
顎出し、じゃないですよ。「アゴ出汁」です。
アゴとはトビウオのこと。焼いたトビウオを使った出汁(だし)のことです。
福岡では知らない人はいない「博多の味」なのです。
その「あごだし」で有名なのが福岡県久山町に本社のある久原(くばら)本家グループ。
近年では「茅乃舎(かやのや)」ブランドで全国的にも知られるようになりました。「茅乃舎」は大丸札幌店のデパ地下にも店舗があるので、札幌の人はそちらの方がなじみがあるかも知れません。
私は札幌に赴任する前に福岡で勤務していたので、久原さんには大変お世話になりました。特に絶品なのが「くばら」の「博多もつ鍋つゆ」。「キャベツのうまたれ」は、ざく切りキャベツには欠かせません。いずれも味のベースは「あごだし」です。
その久原本家グループが「北海道アイ」という会社を設立し、昨年6月、恵庭市に巨大な工場を稼働させました。
「博多の味」がなぜ北海道に?
もしかして、北海道で「もつ鍋」を広めようという企てなのでは。
ジンギスカンがこれだけ親しまれている土地柄です。寒い冬の北海道でもつ鍋が流行らないはずがありません。そもそも、もつ鍋は戦後に炭鉱夫がホルモンとニラを炊いて食べていたのがルーツと言われています。福岡と北海道は産炭地という背景も似ている。
うん、間違いない。
真相を確かめるため、恵庭市の工場を直撃しました。
JR千歳線サッポロビール庭園駅の目の前。広大な敷地の中に建つピカピカの工場で出迎えてくれたのは北海道アイの松村伸一郎社長。忙しい中、ありがとうございます。
――ズバリ聞きます。北海道進出の目的は、もつ鍋の普及ですか?
「違います」
――きっぱりと否定されました。では、なんで?
「一言でいうと『恩返し』です」
――恩返し?
「約30年前の話になりますが、明太子の原料を求めて社主が道内を駆け回り、たくさんの人からご指導をいただきました。その恩返しに北海道の豊かな食材を全国に、世界にお届けしたいという思いです」
――あの道産タラコ100%の辛子明太子「椒房庵(しょぼうあん)」のことですね。久原本家グループの河邉哲司社主が自ら足を運んでいたのですか。北海道の食材ということは、「あごだし」にはこだわらないのですか?
「例えば、花咲ガニを使った『北海道かにだし』は人気商品です。地元・恵庭市の北海道文教大学と共同で道産ホタテを使った炊き込みご飯の素を開発しました。ほかにも道内の大学やメーカーさんと一緒に新たな北海道の味を目指して研究、商品開発をしています。まずは道民に認められることが第一だと考えています」
――なるほど。道民に愛される新たなブランドということですね。「北海道かにだし」はチャーハンや卵焼きに合いそうです。
松村社長は食品関係のほかの会社での経験もあり、河邉社主から直接声をかけられて北海道に赴任したとのこと。そんな食のプロフェッショナルである松村社長に、しつこいようですが、例の持論をぶつけてみました。
――冬の寒い北海道なら「もつ鍋」が流行ると思うのですが、どうですか。
「そうなると嬉しいですね。ただ、冬の北海道は外は寒いですが、家の中は機密性が高くてポカポカなのでどうでしょうか」
――確かに……
もつ鍋は流行らなくても、北海道に新しい「だし文化」が生まれるかも知れません。