HTB開局55周年映画「奇跡の子」監督のこぼれ話【幕間のつぶやき③】テレビと映画の違いに撃沈 後編

HTB北海道テレビ放送開局55周年記念として制作された、映画『奇跡の子』。

この映画の監督である沼田博光が制作にあたっての裏話【幕間のつぶやき】をSodaneで綴ります。

(前編はこちらから!:https://sodane.hokkaido.jp/column/202312221430004081.html

今回はテレビの報道ドキュメンタリーだった番組映像が「映画」となっていくまでのお話。

長沼町にタンチョウを呼ぶ

タンチョウについて取材を始めたのは2015年ころ。

そのうち長沼町の農家さんがタンチョウを地元に呼ぶ活動を始めている、と聞いて札幌から通いだしたのは2016年ごろからです。

最初のころは民生用のデジカムをもって「来たらいいですね~」なんて言いながら挨拶して、もっぱら雑談をして帰ってくるという繰り返しでした。

ようやく顔を覚えてもらって親しくさせていただけるようになったころ、農家の皆さんが「しかし鳥嫌いだった俺たちが、まさかタンチョウ呼ぼうと言い出すなんてな」と笑いながら話をしているのを聞いて「えっ?どういうことですか」と聞き返しました。てっきり鳥好きなんだろうと思い込んでいたわけですが、それまで長く水害に泣き、国の政策に翻弄され、自然保護の団体と対立してきた過去とその理由を聞いた時、これは映画にすべきだ!と消えかけていた炎が再び勢いづきました。

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舞鶴遊水地にタンチョウを呼び戻す会のメンバー

またもや「撃沈」

2020年、長沼の農家がタンチョウを呼ぶテレビ版ドキュメンタリー「たづ鳴きの里」を放送し、賞などもいただいたものですから、いよいよ今度こそ映画になるぞと、DVDを憧れのシアターキノに送りました。

中島洋支配人に「DVDは見ましたか?これは映画になると思うのですが」と切り出しました。すると帰ってきたのは10年ほど前にも聞いたあの言葉…「テレビ版をただ長くするのでしたら、ウチでは上映しません」 再び撃沈です。

ただ今回は、何度か通ってキノで上映したいという想いを告げ、どうしたらこの作品は映画になるのかと聞いているうちに、食事に誘っていただいたり、映画監督が舞台挨拶でキノに訪れた時に引き合わせていただいたりして、その中で、いろいろとヒントいただくようになりました。

あとはもう映画本を読んだり、動画配信サービスに登録してドキュメンタリーを観ては、内容よりも構成やナレーション、スーパーや音楽について作品ごとにメモをとっていくなど、テレビと映画の違いを研究しました。

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台本執筆で参考にした書籍

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執筆中の筆者

「私的映画撮影法」

ここからは全くのわたくし個人の感想です。私なりのテレビと映画の違いです。

例えば、広くて美しい景色を映像で伝えようという場合、テレビであれば、まずその景色が一望できるポイントを捜してカメラを構え、ゆっくりパンしながら、そこがどこにある場所で、札幌ドームいくつ分の広さがあるといった情報を入れて、そして「目の前に雄大な景色が広がっています」みたいなコメントを入れるわけです。

ところで実際、私が一望できるポイントを探し当ててそこから景色を見た時に、「わぁ広い!」とか「きれい!」とは思いますが、「ここの住所は?」とか「札幌ドームいくつ分有るの?」などとは現地で決して思わないわけです。

おそらく映画は、撮影者が感じた「わぁ広い!」を観客も追体験して、同じように「わぁ広い!」と思ってもらうように映像を繋いでいくことだと解釈しました。

すると映画用に撮影するのは、“撮影ポイントを捜すまでの道のり”だろうと思うわけです。

笹を漕いだり、土手を登ったりする映像を見せて、そして視界が一気に広がる瞬間を見せて、ようやくテレビが最初に見せた映像にたどり着く。その時、観客はおそらく「わぁ広い」と感じ、大きなスクリーンに広がった映像のあちこちを自分で観ながら、あそこに家が小さく見えるとか、遠くの山の頂に雪が乗っているとか、映像から自分で情報を集めてそれぞれ自分で判断しながら映画の世界に入っていく。

そうなるとテレビで尺いっぱいにコメントした「住所はどこか」とか「札幌ドーム何個分か」かという情報や、ましてや「雄大な景色が広がっています」みたいなコメントは必要なくなるわけです。

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舞鶴遊水地

もちろん役割が違いますので、テレビと映画でどちらが良いという比較の話ではありません。

ただ「なるほど、そうやって映像を繋いでいけばいいのか!」と自分なりのイメージができあがってきたところで、あることに気づき途方にくれました。

私たち撮影クルーはみな報道のスタッフです。映像は単刀直入に必要なものだけを撮影し、そこにたどり着く過程は撮影していません。ドキュメンタリーですから撮りなおしもできません。

さらに1分程度で伝えるニュースではワンカット数秒です。延々とカメラを回し続けることもありません。すでに撮影を始めて2年以上。どれもニュース用の短い映像ばかりで、観客と一緒に旅ができるような長まわし映像もありませんでした。ここでようやく過去に映画関係者に言われた言葉を理解しました。

「こりゃ~映画は無理だ」

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撮影風景

それからあとは、撮るものも撮り方もかわっていきました。テレビ版はタンチョウが主役でしたが、映画版では主役を変えました。

ニュースとしての撮影がメインですが、映画を意識した撮影も織り交ぜていきました。編集もテレビでは使用しない長いカットも繋いでいきました。

シアターキノの中島支配人からは、映画が完成した暁にはキノで上映する「内定」はいただいていたものの、「最後は僕が作品を見て、上映するかどうか決めます」と言われていました。

最初の試写会を初号試写と言いますが、会場をキノにお願いし、中島さんにも観てもらいました。「テレビの延長なら上映しない」と言われていましたが、おそるおそる感想を尋ねると「映画になりましたね。これならウチで上映しましょう」と言っていただきました。

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シアターキノでの試写会

その一言を聞くのに10年以上かかりました。とにかく嬉しかったのと、ほっとして力が抜けたのを覚えています。

北海道で2020年にローカル放送したテレビ版をご覧になった方もいると思いますが、映画版は違う視点で描いています。

タンチョウが来てよかったねという物語の裏に実は何があったのか、野生と共生するためのきれいごとではない課題についても感じ取っていただけるのではないかと思っています。

(監督の裏話は今後もつづく…はず!)

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タンチョウ

奇跡の子 夢野に舞う

公式ウェブサイト:https://www.htb.co.jp/kisekinoko

2024年1月20日(土)から札幌・シアターキノほか道内の映画館で上映 
*一部、シネマ太陽帯広/函館、T・ジョイ稚内で1月19日(金)に先行公開

2月23日(金・祝)から 東京・丸の内TOEIで上映

農家は鳥に手を焼いている。撒いた種はほじくるし、芽が出ればバリカンで刈ったように食べつくす。張ったばかりのビニールハウスにはフンをかけていく。

そんな農民たちが地元に鳥を呼ぶと言い出した。それも絶滅危惧種のタンチョウだ。

北海道の東部にごくわずかしか生息していない希少種が大都市・札幌の近郊にある農村に来るはずもない。

それでも14人の農民が集まり、タンチョウの棲み家づくりが始まった。

治水対策で人工的に作られた遊水地の中に、タンチョウが生息できる「湿地」が回復してくると、やってくるのは予期せぬ訪問者ばかり。大量の渡り鳥に獰猛な外来種、カメラを抱えた人間たち…。

次々と巻き起こるトラブル。果たしてタンチョウはやってくるのか。

ーースタッフーー

ナレーション 上白石萌音

監督:沼田博光 

統括プロデューサー:坂本英樹 

プロデューサー:四宮康雅 堀江克則 

撮影:小山康範 石田優行 

編集:上田佑樹 

音楽:中村幸代

音楽制作:中脇雅裕

宣伝プロデューサー:泉谷 裕 

製作・配給:北海道テレビ放送 

宣伝・配給協力:東映エージエンシー 

カラー / 5.1ch / 16:9 /1時間37分

令和5年度 文部科学省選定「少年向き」「青年向き」「成人向き」

環境省「推薦」

文化庁文化芸術振興費補助金 (映画創造活動支援事業) 

札幌市映像制作補助金 

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この記事を書いたのは

沼田博光

HTB 報道部デスク
環境問題や野生生物、アイヌ民族の先住権問題などをテーマにしたドキュメンタリーをてがけています。

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