9月某日の札幌地裁。
この日は窃盗の裁判がたくさん予定されていた。
そのうちの一つの被告の名が目に留まり、そのまま傍聴することにした。なぜなら被告の名前がカタカナ表記だったからだ。外国人被告の裁判は最近増えてきていたが、実際に傍聴したことはなかった。
JR車内で網棚から…大胆すぎる手口で即逮捕
被告は40代の中国人の男。通常ならば保釈されていてもおかしくない窃盗罪の裁判だが、住所がないためか、拘束されている。逮捕以降、ずっと拘置所暮らしが続いているとみられる。
男に問われている罪は以下の通り。
道東から札幌へ向かう特急列車で、前の人が網棚に乗せていたバッグから現金を盗んだというもの。
被告の男は、男性のバッグをとって、自分の膝の上に置き、財布を取り出して、その財布から現金12万円を抜き取って、財布をバッグに戻したという。
あまりにも大胆な反応で、近くの人はその様子を撮影。被害者もすぐに気づき、その場で男に指摘したという。
日本語→中国語→日本語…カオス状態になる法廷。通訳を介する裁判の難しさ
そして裁判は始まった。事実については被告も弁護側も争うつもりはないということで、あっさり済むかと思いきや、なかなか手間取る。通訳は裁判のプロではない。裁判の流れや段取りもそうだが、質問のニュアンスなどを伝えるのは至難の業だ。
当初、通訳は誰かが何かを話し始めたら、それが終わってから被告に訳していたものの、あまりにも時間がかかるからなのか、裁判官が証拠調べの際に、同時に通訳するよう指示。
しかし、検察の証拠を説明して数秒遅れて中国語への通訳が始まると法廷内は誰が何を話しているのかわからないカオス状態に。
弁護側が話し終えてから訳すよう求めると、裁判官もこれを認め、また「一度話し終えてから訳す」という時間のかかる通訳の仕方に落ち着いた。
弁護側と被告とで微妙なニュアンスの違いも…被告人質問
そして始まった被告人質問。
検察:犯行時あなたの隣りにいたのは友達ですか?
被告:はい(以下、全部中国語です)
検察:あなたの盗み方はとても大胆ですが、友達に見つかるとは思いませんでしたか?
被告:彼は携帯をずっと見ていました
検察:他の乗客から見つかるとは思いませんでしたか?
被告:その時バッグのチャックが空いていて、魔が差してしまいました。
検察:こんなことをしてはいけないと思いませんでしたか?
被告:財布をみて魔が差してしまいました
検察:中国で盗みをしたことは?
被告:ありません
弁護士との打ち合わせと異なる部分?ニュアンスの違いも
弁護士:あなたは網棚からバッグが落ちそうになっていたので直そうとして、バッグを手にして魔が差したんですよね?
被告:バッグのチャックからサイフが見えて魔が差してしまいました。
弁護士:そのときいくら持っていたんですか?
被告:20万円
弁護士:米ドルは?
被告:アメリカドルと合わせて二十万円です
弁護士:その日大きなものを買う、支払う予定があったのてすか?
被告:わたしは購入代行の仕事をしています
うまく伝わらない質問…それでも求刑にたどり着いたが…
罪を認め、反省の弁を述べる被告に対し、検察側は懲役1年6か月を求刑。対して弁護側は罰金刑を求めた。
次回期日を決めたあと、裁判官が「最後に言いたいことはありますか?」と問うと、被告の男は口を開いた。
……………
裁判官:最後に何かいうことはありますか?
被告:それは何かを言うということですか
裁判官:言いたいことがあるならどうぞ
被告:わたしは3年のビザできました。代行購入の仕事をしています。そのほか東南アジアでも仕事をしています。
今回網棚のバッグから、サイフが見えてしまい、魔が差してしまいました。
被害の方に申し訳なく思っています。
裁判官、検事さん、弁護士さんとここにいるみなさんに言いたいです。もう一度チャンスをください。
…………
男の一言を聞き終わると(正確には通訳の方が話していたのだが)、裁判官は次回、判決の日を検察官と弁護人と相談。
2週間後の期日を通訳が被告に伝えたところ…
被告「そんなに長いですか」
おそらく、拘置所暮らしを早く終えたい一心のようだ。裁判官はそれについては何も答えず、すみやかに閉廷した。
開廷から2時間近く時間が経っていた。