「懲役19 年」の判決を言い渡された後、被告の男は確かにこう言った。
「これで終わりかよ」。
4日間にわたった裁判で一度も語られなかった被害者への謝罪。
被告人と被害者の間にいったい何があったのか。
スナック経営の女性の命が奪われた…足寄町スナック殺人事件
足寄町の無職=志渡典吉(しど のりよし)被告(59)。
志渡被告は去年11 月、知人でスナックを経営していた延本真弓(のぶもと・まゆみ)さんの頭をハンマーで複数回殴り首を絞めて殺害し、遺体を足寄町内の山林に遺棄したなどの罪に問われていた。
12月16日から釧路地裁で始まった裁判員裁判。初公判の日にはスナックの常連客や報道陣で傍聴席はほぼ満席に。
法廷に現れた志渡被告はグレーのシャツに黒いスラックスを着て、髪は少し伸びた丸刈り。
顔色は青白く、生気を感じられないほど。釧路地裁の井草健太裁判長が起訴内容を読み上げると志渡被告は、「特に大きな間違いはないが、自分でもあまり覚えていない…」少し沈黙があったあと「間違いないです」と起訴内容を認めた。
検察側は冒頭陳述で延本さんを殺害し遺体を山林に遺棄した志渡被告の犯行の悪質さと動機の身勝手さを指摘。
一方、弁護側は事実関係を争わず量刑に争点を置くと主張。
これまでの警察の調べで志渡被告は「車を貸してほしいと何度も頼んだが断られ、カっとなって殺した」という趣旨の話をしていて、法廷でその詳細が語られるはずだった。
かみ合わない被告人質問…検察側に「しゃべりたくない、上司呼べや!」と激昂
検察側と弁護側の冒頭陳述のあとに始まった被告人質問。志渡被告は少しふらつきながら証言台に立った。
弁護側)取り調べに素直に応じたのはなぜ?
志渡被告)自分が山に遺棄して真弓(被害者)に会いたくて警察に協力した
弁護側)話さなければバレなかったのでは?
志渡被告)警察が調べて遺体の一部しか見つからず残念。警察の捜査を打ち切りになって残念。
弁護側)警察を遺棄現場に案内したのはなぜ?
志渡被告)真弓に会いたかった。まだ生きていると思った。
ところどころかみ合わない弁護側とのやり取り。弁護側は事件当日のことについて質問を続けた。
弁護側)どうして被害者の自宅を訪れた?
志渡被告)ハローワークに行くために車を貸してほしいと言った。燃料が入っていないから3,000円くらい貸してと言った。
弁護側)なぜ被害者を死亡させた?
志渡被告)真弓はベッドで寝ていて自分が腕枕をしていた。話をしている間に真弓がハンマーを振り回して、自分の頭に当たった。真弓は怒っていた、襲ってくる勢いだった。怖くなって馬乗りになって頭を抑え込んで首を絞めた。ハンマーを取り上げて頭を叩いた。
弁護側は被害者を殺害後の被告の行動について質問した。
弁護側)遺体を隠すつもりは?
志渡被告)2人でどこかに行こうと思って、釧路の鶴居村に行こうと思った。
弁護側)自首は考えた?
志渡被告)何回も考えた。3回くらい交番に行ったが怖くて自首はできず、なんで警察が自分のところに来ないんだと思った。
弁護側)被害者の財布からキャッシュカードやクレジットカードを盗んだのは?
志渡被告)財布から抜いたときは使うつもりはなかった。警察の捜査が来ないで不安だったから、カードを使えば足がつくから捕まる目的でカードを使った。
弁護側の質問に対して、警察の捜査への不満を口にする志渡被告。これまでに被害者への謝罪はひとこともなく、不誠実ともとれる被告人の回答は検察側の質問でも続いた。
検察側)首を絞めているときの被害者の反応は?
志渡被告)もがいていた。
検察側)首を絞めながら何を考えていた?
志渡被告)何を考えていたんでしょうね。
検察側)どのくらいの力で殴った?
志渡被告)記憶にないです。
「記憶にない」「覚えていない」。公判前の検察側の聴取とは全く異なる回答を続ける志渡被告に、検察側が質問を続けると…
志渡被告)もう喋りたくない。上司いるんだろ、上司呼んでくれ。こんなペーペーによ!
ついには女性検事に対して逆ギレする次第。志渡被告が激昂したことで裁判は一時、休廷となった。
検察側)被害者に申し訳ない気持ちは?
志渡被告)遺された家族に申し訳ない。警察が早く自分のところに来ればそういうことはなかった。
検察側)なんで時間がかかったと思いますか?
志渡被告)知るかよ!
動機についての質問には一切答えず、検察側は被告人質問を取り止め、調書を読み上げるだけという異常事態になった。
被害者遺族の怒り 検察側は懲役22年を求刑
12日の第3回公判では被害者参加制度でこの裁判に参加していた、被害者の長女と長男がそれぞれの胸の内を語った。
被害者の長女)家族はとても強くつながっていたし、孫の面倒もよく見てくれていて、本当に愛してくれていた。今すごく母に会いたい。
母はハンマーで暴力をふるうような人ではなかった。
悲しみでいっぱい、涙が止まらない。
被告は罪に向き合っていない、反省などしていない。警察の怠慢だと言っていることについてはわけが分からない。
悲しみ、怒り、寂しさはさらに強くなった。どれだけ願ってももう母に会えない。
母を返してほしい。
被害者の長男)被告の供述はあいまいで不誠実。反省もしていない。
母に対する謝罪の言葉もなかった。とても許しがたいし許したくもない。
報いを受けるべき。被告人の死刑、または一生刑務所から出さないでほしい。
被害者遺族が涙で言葉を詰まらせながら話す中、志渡被告は下を向いたままその顔を上げることは一度もなかった。
その後の論告で検察側は「志渡被告が延本さんと口論の末、馬乗りになって暴行したことは強固な殺意に基づく」などとして懲役22年を求刑。
一方、弁護側は「志渡被告の犯行に計画性はない。また、脳の機能に障害があり犯行の開始、継続がしやすい状況にあった」などとして情状酌量を求めた。
この日の公判の終わり、志渡被告がこの裁判で自らがとった行動や態度について唐突に話始めた。
志渡被告)現場から発見されたものが真弓の身体の一部だけだったので、警察の捜査に不満が沸いた。
調書を読み上げられたが違っていると思う点があった、第三者が書き加えているようだった。
自分は真弓を殺したことについては否定しない。謝罪しようと思ったが、土下座しようと思ったけど罪を軽くしようと思われているのが嫌で、法廷でどう動いていいかやっていいのか分からなかった。
下された判決 被告からの謝罪はー
12月13日、判決の日。
志渡被告は3mmくらいに頭を刈り上げて法廷に姿を現した。自分なりに反省の意を示していたのだろうか。
証言台の前に立った志渡被告に言い渡された判決は懲役19 年。
釧路地裁の井草健太裁判長は「口論の末、被害者に馬乗りになって殺害したことは、計画性はないとしてもその殺意は強固である。また、脳の機能障害については殺害の判断に影響はない」とした。
下を見つめたまま微動だにせず、判決を聞いていた志渡被告。
しかし、判決が読み上げられ裁判が終わろうとして瞬間、腰に手を当てて一言。
「これで終わりかよ」。
最後まで被告の口から語られなかった被害者への謝罪と犯行の動機。
弁護側は被告と面会し、控訴するかどうかを決めるとしている。