ろう教育はどうあるべきか~生まれつき耳が聞こえない子どもたちにとっての言語とは 札幌聾学校の日本手話訴訟をイチから解説

北海道札幌聾学校に通う児童らが第一言語である日本手話での授業を受けられず、教育を受ける権利を侵害されたなどとして北海道に対しそれぞれ550万円の損害賠償を求めた裁判。

一審の札幌地方裁判所は原告の訴えを棄却し、1月23日に札幌高等裁判所で控訴審が始まりました。原告側は、授業が成り立っていなかった事実を立証するためにも、原告の女子中学生(14)の証人申請をしました。

ろう教育のあり方をめぐる最前線ともいえる今回の裁判の経緯をまとめます。

「日本手話」と「日本語対応手話」とは

訴えを起こしているのは、現在も札幌聾学校に通う小学5年の男子児童と、小学部卒業まで通っていた中学2年の女子生徒です。2人は生まれつき耳が聞こえず、幼いころから「日本手話」を第一言語として育ってきました。この「日本手話」とは一体どういうものなのでしょうか。

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<原告の女子生徒(手前)と両親()

「日本手話」とは、日本語とは異なる独自の文法を持つ固有の言語です。生まれつき耳が聞こえない人たちの間で主に使われています。手の形だけではなく、眉の上げ下げやうなずきなどを含めた様々な動きに文法的意味があり、日本語を発声しながら使うことはできません。

一方で、日本には「日本語対応手話」と呼ばれるものもあります。これは日本語の語順や文法に沿って手話単語をあてはめたもので手指日本語とも呼ばれています。これは言語学的には「日本語」であり、日本語を発声しながら使うことができます。日本語が第一言語の中途失聴者や耳が聞こえる聴者の間で主に使われています。

 ・・・と言われてもなかなかイメージが湧かないと思います。「百聞は一見に如かず」ということで、例文での比較を見てみましょう。

※以下のリンクからご覧ください(YouTubeに移動します)

https://youtu.be/2L3QFKdjx18?t=101

違いは一目瞭然です。

「日本手話」は耳が聞こえないろう者の中で自然に生まれた言語で、目で見て分かる視覚言語です。耳が聞こえる人が成長する過程で様々な音に触れて自然に日本語を覚えているのと同じように、耳が聞こえない人にとって「日本手話」は特別な訓練や教育を受けなくても自然に習得できる言語です。

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札幌聾学校では、2007年に日本手話を取り入れた授業が始まりました。現在、公立学校では唯一、日本手話での授業を行う学校だとされています。

原告側によりますと、今回裁判を起こした2人は、日本手話での学習を選択して、日本手話と書記日本語を基調とした上で音声日本語も使う「二言語クラス」に在籍していました。しかし、2022年に2人の担任になったそれぞれの教師が日本手話できず、授業が成り立たなくなり日常のコミュニケーションもとれなくなったことから、2人は学校に通えなくなったということです。

これにより、教育を受ける権利を侵害されたなどとして北海道を相手に損害賠償を求める裁判を起こしました。一方の北海道側は訴えを退けるよう求めて争っているのが今回の裁判です。

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<「お子さんのコミュニケーション手段」に係る意向調査用紙(原告側提供)

■日本手話で教育を受ける権利 憲法で保障されるか否か

この裁判の争点の1つは「原告の第一言語である日本手話で教育を受ける権利が憲法で保障されたものか」です。

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<札幌地方裁判所の法廷 20245月>

憲法上の権利についてこれまでの裁判で原告側は「ろう者は聴者とは異なる言語を使い、異なる文化を持つ言語的文化的少数者であるという誇りをもって生きていて、日本手話を第一言語として学習する機会を確保することは、ろう者としての固有のアイデンティティの保証。ろう児にとって授業が第一言語である日本手話で行われなければ、その授業は受けられていないのとまったく同じである」などとして、自分が分かる言語で指導を受ける権利は学習権、人格権、平等権として保障されるべきと主張しています。

一方で北海道側は「特別支援学校の学習指導要領に日本手話で授業を受ける権利を具体的に示した規定はなく、そのほかの教育関係法令でも具体的に示した規定はないことから、日本手話で教育を受ける権利が具体的権利として憲法上保障されているとは言えない」と主張してきました。

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虐げられてきた「手話言語」 日本の歴史

そもそも日本のろう学校では、長く手話が禁止されてきた歴史があります。1933年に当時の鳩山一郎文部大臣が「全国の聾亜学校では口話教育を奮励努力していただきたい」と訓示し、全国のろう学校では音声を使った「口話法」が推進されました。世界的にも同様の動きがあり、背景には「手話は口話よりも劣っている」「手話は音声言語を身に着ける妨げになる」などの考え方あったとされています。

北海道でも1992年まで聾学校などの教員にろう者を採用しない方針があり、ろう教育に手話を取り入れるのが遅れていました。その後も保護者が要望を続け、2007年にようやく始まったのが札幌聾学校での日本手話を使った授業です。2006年には国連で障害者権利条約が採択され「手話は言語である」と定義されています。

日本では障害者基本法に「言語(手話を含む)」と明記されていますが、手話言語法はまだ成立していません。しかし、北海道や札幌市を含め全国555自治体(2025年1月9日時点)が手話を言語とする条例を制定しています。

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札幌聾学校で日本手話での授業が始まってから20年近くが経ったいま、原告の子供たちが約束されていたはずの「日本手話」での授業が受けられていないと訴えています。

原告敗訴の一審判決 原告側「不当判決だ」

「自分の言語で学びたい」

原告の子供たちの訴えに対し、2024年5月に札幌地方裁判所が下した判決は「原告の訴えを退ける」というものでした。判決文の中で守山修生裁判長は「日本手話で授業を受ける権利が具体的に憲法上保証されたものとはいえない」「日本手話以外の表現方法でも教師と児童が一定のコミュニケーションを取ることは可能」など指摘しています。

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<札幌地方裁判所・守山修生裁判長(20245)

この判決を受け、原告の女子生徒(提訴当時は札幌聾学校の児童)の両親は「第一言語で学ぶ難しさを感じる判決だった(母親)」「学校に騙された(父親)」とコメント。

原告を支援するバイリンガル教育が専門の立命館大学・佐野愛子教授は「判決理由の中には日本手話が1つの言語であるという理解が全く欠けているということを言わざるを得ない」と語りました。その後、原告側は判決を不服として控訴しています。

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始まる控訴審 原告の女子生徒の証人申請

2025年1月23日に行われた控訴審の初めての期日。報道関係者も含め20人以上の傍聴人が札幌高等裁判所に集まりました。

傍聴人の中には耳が聞こえないろう者も多く、法廷内では係員が案内文言を書いたフリップをもって案内します。今回、初めて原告の女子生徒(提訴当時は札幌聾学校の児童)も出廷しました。

裁判が始まると原告側の支援者の1人が手話通訳を行います。この手話通訳に配慮してか、齋藤清文裁判長が通常の裁判よりもかなりスピードを緩めたゆっくりとした口調で話し、聴者にもとっても聞き取りやすい法廷だったのが印象的です。

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<札幌高等裁判所の法廷 20251月>

控訴審で原告側は、日本手話を第一言語とする原告らに対し授業が成り立たない状況に陥っていたことを、授業の記録などを基に改めて主張しています。

また、原告の女子生徒(提訴当時は札幌聾学校の児童)本人の証人申請を行っています。原告本人の証人申請は一審でも行いましたが認められませんでした。

二審で認めるかどうかの判断は次回以降に保留されることになりましたが、原告側の代理人によりますと裁判所側は「授業がどの程度のものだったのか」は前提となる事実だという考えを示しているということです。

証人申請が採用されるか否かを含め、今後の裁判の行方に注目が集まります。

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この記事を書いたのは

HTB・喜多和也

映画「しあわせのパン」の暮らしに憧れて北海道に来たパン好き記者。パンシェルジュ。
報道部記者として看護学院パワハラ問題や手話をテーマにしたドキュメンタリーを制作。
2024年5月~社会情報部イチモニ!ディレクター

▼朝Power!北海道の朝は「イチモニ!」
https://www.htb.co.jp/ichimoni/
▼北海道立看護学院パワハラ問題(第61回ギャラクシー賞 報道活動部門 奨励賞)
https://www.htb.co.jp/news/harassment/
▼ろう学校の手話教育をめぐる一連の報道(2024年民放連賞 放送と公共性 優秀)
https://youtube.com/playlist?list=PLzgdqs_0_Hlrr58tailwA9afa7MCRNO9Q&feature=shared