(前回はこちら:札幌で〝
https://sodane.hokkaido.jp/column/202307150730003572.html )
手術は50分ほどで終わった。
この日、執刀したF医師は朝から手術を続けていて、私は10番目で正午開始だった。
スタッフに聞くと、夕方までに20人近くの手術をするという。
まさにスーパードクターである。
黄斑前膜の手術をした右目は眼帯をして、その上に保護メガネという色のないサングラスのようなメガネをして、眼科の送迎車で帰宅した。
白内障の手術だけをした左目は、時間とともに視界が晴れてきて、夕方にはスマホの文字もしっかり読めるようになった。
右目も同じような状態になったら、メガネなしでも生活ができるかも知れない。
ますます期待が高まる。
翌朝、F眼科の送迎車が時間通りに迎えに来てくれた。
検査の前に、職員が右目の眼帯を外した。
さあ、どんな見え方になっているのか。
えっ?
何も見えない。
右目で見えているのは白くぼんやりとした世界。
これでは眼帯をしていた状態とさほど変わらないではないか。
想像していた見え方と違うんですけど。
思わず不安を口にしてしまったが、職員は優しく答えてくれた。
「昨日手術したばかりですから。まだ眼の状態が十分でないんですよ」
期待し過ぎていただけだったのか…
「まずは眼圧を測りますね」
そう言われていつもに機器をのぞき込む。
ん?
測定をする職員の反応が明らかにおかしい。
何度もやり直しながら、周囲のほかの職員と何やらコソコソ話している。
異常値でも出たのだろうか。
もしかしたら、手術がうまくいかなかったのか。
不安が増幅する。
すぐに診察室に呼ばれた。
待っていたのはF医師ではない、同じF眼科のG医師だった。
そう言えば、手術翌日もF医師は手術が入っているので診察は別の医師になると聞いていた。
「眼圧が低いですね。1日様子を見て、明日F医師に診察してもらいましょう」
通常は12~13の眼圧が、3~4しかなかった。
眼圧が低いため、眼球がしぼんだような状態になっているという。
自分の眼に何が起きているのか理解できない私は、つい聞いてしまった。
手術は失敗だったのですか?
「手術はうまくいってます。明日もとに戻ることもあるので様子をみましょう」
この日は眠れなかった。
このまま右目がもとに戻らなかったら…
車の運転も、スキーもできなくなるのだろうか。
手術をしてさらに悪くなるなんて、何のための手術だったのか。
F医師を信じた私がバカだったのか…
こうなると、思考回路はどんどん悪い方に向かってしまって止まらない。
翌朝になっても右目の見え方は改善されなかった。
絶望的な気持ちを抱えたまま、この日も時間通りに迎えに来た車でF眼科に向かった。
私の右目を診るなり、F医師は言った。
「液が漏れてますね」
えっ、どういうこと?
なんと、手術で開けた穴から、眼球内に注入した液が漏れ出しているという。
眼圧が上がらないのはそれが原因だったのだ。
「手術の穴はごく小さいので本来なら縫合の必要はないのですが、山崎さんの眼球は伸びていて表面が薄くなっているので、しっかりふさがっていなかったようです」
ええっ、ってことは手術が原因ってこと?
なぜ最初から縫合してくれなかったのか。
何で昨日のうちに処置してくれなかったのか。
と色々追及したいところだったが、まずは原因が分かってホッとしたことと、その後のF医師の対応が素早かったので、比較的落ち着いて受け止めることが出来た。
「午後からは手術なので、その前に縫合しましょう」
この日、F医師は午前が診察で、午後は他の患者の手術の予定なのだが、その手術の開始前に、私の右目の縫合をしてしまおうというのだ。
お願いします…
ちょっと複雑な思いだが、もうF医師に任せるしかない。
ジブリの音楽が流れる手術室に再び入り、右目の縫合が始まった。
前回同様、眼の麻酔はしているはずだが、なぜか今回はチクチクしてちょっと痛い。
ただ、縫合だけなので10分ほどで終了した。
「これで眼圧は上がると思いますよ」
絶望の淵に小さな光が差した。
実際、数日で右目の眼圧は正常になった。
視力も徐々に回復してきて、いまはメガネなしでも身の回りのことはできる。
ただ、右目の見え方は期待通りではなかった。
ゆがみが残っている。
右目だけで見ると、まるでプールに潜っているように、景色がゆらゆらと揺れている。
黄斑前膜の場合、手術前にゆがみが出ていると、手術した後もゆがみの症状が残る場合がほとんどなのだそうだ。
手術から2カ月、私は札幌から東京に転勤になった。
術後のケアや緑内障の治療もあるので、F医師に頼んで東京近辺の眼科を紹介してもらった。
F医師が紹介してくれたH眼科は横浜駅に直結するビルの中にある。
これまた、今まで見たこともない眼科だった。
壁がない…
待合室や検査室、診察室がすべてワンフロアになっている。
それぞれの部屋が半個室のような開放的な作りになっているが、空間に余裕があるので医師や患者の声は聞き取れず、プライバシーは確保されている。
私が訪れたときも待合室はほぼ満員状態だった。
ただ、F眼科同様多くのスタッフが手際よく案内してくれるので、ストレスはほとんど感じない。
『スゴ腕眼科医が教える白内障治療』
待合室の大きなモニターに、こんなタイトルの書籍を紹介するビデオが流れた。
映し出された本の表紙には、ここH眼科のH医師が白衣姿で決めポーズを取っている。
その隣には、私の眼の手術をしたF眼科のF医師が白衣姿で並んでいた。
なるほど、スーパードクターからスーパードクターへのバトンってことか。
スーパードクターの手術を受けたことが本当に良かったのかどうか。
結論はまだ出ていない。
(終わり)