札幌で〝眼科ショッピング〟を繰り返した私。たどり着いたのはスーパードクターだった⑨ さっぽろ単身日記

(前回はこちら:札幌で眼科ショッピング〟を繰り返した私。たどり着いたのはスーパードクターだった⑧ 
 https://sodane.hokkaido.jp/column/202307010730003525.html )


ひとことで言うと、ホラーである。

この日記の①で、眼の手術のことをこう表現した。

メスで眼の一部が切られ、水晶体という眼のレンズが吸い取られて人工レンズが埋め込まれる。

眼そのものは麻酔が効いているので痛くはないが、効いているのは眼だけなので意識はあるし、
医師や看護師の声も聞こえるし、何より自分の眼で起こっている現象が自分の眼で見えている。
想像するだけで怖い。

なので「ホラー」という言葉を選んだ。

でも、文字通り視点を変えて、実際に自分の目で見えている現象だけに特化すると、
ホラーと言うより、むしろ「ファンタジー」かも知れない。

そうなんです。
眼球の中で行われていることが
見えるんですよ。

眼球の中に入っているものが「見える」!

不思議だと思いませんか?
だって、「レンズの内側」が見えているわけですもの

(上橋菜穂子公式サイト『木漏れ陽のもとで』より)


『精霊の守り人』のファンタジー作家、上橋菜穂子さんが6年前、自身のサイトで黄斑前膜
(上橋さんは黄斑上膜と書いています)の手術の体験を詳細に綴っている。


サイトによると、上橋さんは黄斑前膜に加えて正常眼圧緑内障だというから、私と同じ
ような目の状態だったようだ。

その上橋さんの表現が、まさに私が体験したそのものだったので、もう少し引用させてもらいます。

眼科⑨.JPG

ぶわ~っと流れ込んできたのは
青紫色の液体のようなもの

子供の頃の色水遊びで
ぶわ~っと
色がついた煙のようなものが
水の中を渦巻くように流れていった感じを思い出しました。


目の前に
青紫色に染まったものが見えていて
そこに
あの細い棒
先がピンセットのように二股に分かれているものが
近づいていきます。


そこからです
驚くべきことが起きたのは。

ピンセットが青紫色に染まったものに近づき
その表面をつまむと
薄い膜が摘み上げられていくのが見えたのです!

(上橋菜穂子公式サイト『木漏れ陽のもとで』より)


黄斑前膜の手術は、白目に小さな穴を開けて、眼球の中を満たしている硝子体という
ゼリー状の液体を取り除き、網膜の表面に張り付いている黄斑前膜をピンセットではがす。
そのとき、手術を行いやすくするために、染色剤が眼球に投入されるのだ。

F眼科の手術室にはスタジオジブリの音楽が流れていた。
アニメの曲をBGMに、目の前のスクリーンでは、まさに上橋さんが書かれたような
リアルなファンタジーが上映されていた。


上橋さんも私も、本来なら怖いはずの眼の手術を「不思議な現象」として受け止めること
ができたのは、執刀した医師に全幅の信頼を寄せていたからだろう。

特に私は、長年ひどい飛蚊症に悩まされていたので、黄斑前膜の手術で飛蚊症の大元であ
る硝子体が取り除かれて飛蚊症そのものがなくなることにもかなり期待していた。

手術後、どんな世界が広がっているのだろう。


そんなワクワク感が手術の不安を打ち消していた。


フランクルの『夜と霧』。

第二次世界大戦の際、ナチスの強制収容所に収容された精神科医のフランクルが、
みずから味わった過酷な経験を克明に記した本だ。

絶望の中からいかにして生きる意味と希望を見いだしていくのか、を問いかける名著だが、
その中でこんなエピソードがある。

フランクルの収容所仲間が、2月のある夜、きたる3月30日に戦争が終わり、自分たちも
解放されるという夢を見た。それ以来、彼にとって3月30日が希望の光となった。
だが、その日が近づいても戦局が好転する様子はない。どうやら「正夢ではなかったらし
い」という気配が濃厚になってきた。
すると彼は3月29日に突然高熱を発し、翌日には意識を失った。彼にとって希望の日とな
るまさにその日の翌日に、彼は亡くなった。


期待が大きければ大きいほど、それが裏切られたときの絶望も大きい。

私が術後の世界に期待していた分、それが実現しなかった時の絶望も大きかった。


(続く)

1

この記事を書いたのは

山崎 靖

元朝日新聞記者、キャリアコンサルタント、産業カウンセラー、温泉学会員、温泉ソムリエ

昭和40年生まれ
新潟県十日町市出身


コラム「新聞の片隅に」
https://www.asahi-afc.jp/features/index/shimbun

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